1. 概要
変復調方式は、デジタルデータをアナログ伝送路を介して送信する際に必要な技術です。現代の情報通信技術の基盤となるこの技術を理解することは、情報処理技術者として不可欠です。
1.1 デジタル通信の基礎
デジタル通信とは、情報をデジタル形式(0と1の二進数)で送受信する技術です。しかし、多くの通信媒体(電話線、無線、光ファイバーなど)は本質的にアナログ信号を伝送するように設計されています。そのため、デジタルデータをこれらの媒体で送受信するには、デジタル情報をアナログ信号に変換し、受信側で再びデジタル情報に戻す必要があります。
1.2 変調と復調の定義と役割
変調(Modulation):デジタルデータをアナログ信号に変換するプロセス。キャリア波(搬送波)と呼ばれる基準となる波の特性(振幅、周波数、位相など)を変化させることで情報を伝送します。
復調(Demodulation):変調されたアナログ信号を元のデジタルデータに戻すプロセス。受信側で行われ、正確なデータ復元を目指します。
1.3 変復調方式の歴史的発展
変復調技術は通信の歴史とともに発展してきました。初期のモールス信号から始まり、アナログ放送(AM/FMラジオ)、デジタル電話網、インターネット、そして現代の高速無線通信(5G、Wi-Fi 6)に至るまで、変復調技術は常に進化し続けています。情報量の増大とともに、より効率的で高速な変復調方式が求められるようになっています。
2. 変調方式の分類
変調方式は大きく分けて「アナログ変調方式」「デジタル変調方式」「パルス変調方式」の3つに分類できます。
2.1 アナログ変調方式
アナログ変調方式は、連続的に変化するアナログ信号を別のアナログ信号(キャリア波)に重ねる技術です。主に音声や映像などのアナログ情報の伝送に使用されます。
2.1.1 AM(Amplitude Modulation:振幅変調)
AMは、キャリア波の振幅(波の高さ)を変化させることでデータを伝送する変調方式です。これは比較的簡単な技術であり、AMラジオ放送などで広く使用されています。
特徴:
- 実装が簡単で低コスト
- 受信機の構造が単純
- ノイズの影響を受けやすく、音質は限定的
- 電力効率が低い
用途:
- AMラジオ放送
- 航空無線通信
- 船舶通信
2.1.2 FM(Frequency Modulation:周波数変調)
FMは、キャリア波の周波数を変化させることでデータを伝送する方式です。AMよりもノイズ耐性が高く、音質が向上するため、FMラジオ放送や音声通信に多用されています。
特徴:
- AMよりもノイズに強い
- 高品質な音声伝送が可能
- 帯域幅を多く必要とする
- 受信機の構造がAMより複雑
用途:
- FMラジオ放送
- 無線マイク
- ワイヤレスヘッドフォン
- VHF帯の通信
2.1.3 PM(Phase Modulation:位相変調)
PMは、キャリア波の位相を変化させることでデータを伝送する方式です。PMは、FMと似た特性を持ち、デジタル通信のPSK(位相偏移変調)の基礎となっています。
特徴:
- FMと同様にノイズに強い
- 周波数変調と類似した特性
- 実装がやや複雑
- デジタル通信のPSKの基盤技術
用途:
- 一部の専門的通信システム
- デジタル変調の基礎技術
- 衛星通信システム
図1:アナログ変調方式の比較(AM・FM・PM)
2.2 デジタル変調方式
デジタル変調方式は、デジタルデータ(0と1)をアナログ信号に変換する技術です。これにより、デジタル情報をアナログ伝送路で送ることが可能になります。
2.2.1 ASK(Amplitude Shift Keying:振幅偏移変調)
ASKは、デジタル値(0と1)に応じてキャリア波の振幅を変化させる方式です。AMのデジタル版と考えることができます。
特徴:
- 実装が簡単
- 帯域効率が低い
- ノイズに弱い
- 低速データ通信に適している
用途:
- 初期のモデム通信
- RFID(無線自動識別)
- 簡易な無線通信
2.2.2 FSK(Frequency Shift Keying:周波数偏移変調)
FSKは、デジタル値に応じてキャリア波の周波数を変化させる方式です。FMのデジタル版と考えることができます。
特徴:
- ASKよりノイズに強い
- 実装が比較的簡単
- 中速度のデータ通信に適している
- 帯域幅を多く必要とする
用途:
- ベル202モデム
- 無線ページャー
- 一部の無線通信システム
- Bluetooth(GFSK変調)
2.2.3 PSK(Phase Shift Keying:位相偏移変調)
PSKは、デジタル値に応じてキャリア波の位相を変化させる方式です。位相の変化パターンによりさまざまな種類があります。
特徴:
- 振幅変調より耐ノイズ性が高い
- 帯域効率がよい
- BPSK(2相)、QPSK(4相)、8PSKなどのバリエーション
- 複数ビットを1シンボルで送信可能(多値変調の場合)
用途:
- 衛星通信
- 無線LANの一部
- モバイル通信
QPSK(Quadrature Phase Shift Keying:四相位相偏移変調): PSKの一種で、90度ずつ異なる4つの位相を使って2ビットずつ送信できます。これにより、通信速度を2倍に高めることが可能です。
2.2.4 QAM(Quadrature Amplitude Modulation:直交振幅変調)
QAMは、振幅変調と位相変調を組み合わせた方式です。I信号(同相成分)とQ信号(直交成分)を用いた直交変調により、1つのキャリア波に複数のビット情報を同時に伝送できます。
特徴:
- 高い周波数利用効率
- 1シンボルで複数ビットを送信可能
- 16QAM、64QAM、256QAMなどのバリエーション
- ノイズ耐性とビットレートのトレードオフ
コンスタレーション図: QAMでは、振幅と位相の組み合わせをコンスタレーション図(星座図)で表します。例えば16QAMでは16個の点(状態)が存在し、4ビット(2^4=16)を1シンボルで送信できます。
用途:
- ケーブルテレビ
- ADSL
- デジタル放送
- 無線LAN(Wi-Fi)
- 4G/5G移動通信
2.2.5 多値変調とOFDM
多値変調: より多くのビットを1シンボルで送信するため、振幅や位相の状態数を増やす技術です。例えば64QAMでは6ビット(2^6=64)を1シンボルで送信できます。多値化することで周波数利用効率は向上しますが、ノイズに弱くなるというトレードオフがあります。
OFDM(Orthogonal Frequency Division Multiplexing:直交周波数分割多重): 複数の搬送波を並列に使用し、それぞれにデータを分散させて送信する技術です。各搬送波は互いに直交しているため干渉せず、高速データ通信が可能になります。
特徴:
- マルチパスフェージングに強い
- 周波数利用効率が高い
- 柔軟な帯域割り当てが可能
- 他の変調方式(QAMなど)と組み合わせて使用
用途:
- デジタル放送(地上波・衛星)
- 無線LAN(Wi-Fi)
- 4G/5G移動通信
- ADSL
図2:デジタル変調方式の比較(ASK・FSK・PSK・QAM)
2.3 パルス変調方式
パルス変調方式は、アナログ信号をデジタル信号に変換したり、デジタル形式でアナログ値を表現したりする技術です。
2.3.1 PCM(Pulse Code Modulation:パルス符号変調)
PCMは、アナログ信号をデジタル信号に変換する基本的な技術です。サンプリング、量子化、符号化の3ステップでアナログ信号をデジタルデータに変換します。
特徴:
- ナイキストのサンプリング定理に基づく(サンプリング周波数は最高周波数の2倍以上必要)
- 量子化ビット数でダイナミックレンジが決まる(1ビット増やすと約6dB向上)
- ノイズ耐性が高い
- デジタル形式での長距離伝送に適している
用途:
- CD(44.1kHz、16bit)
- デジタル電話(8kHz、8bit)
- デジタル放送
- デジタルオーディオ
2.3.2 PWM(Pulse Width Modulation:パルス幅変調)
PWMは、パルスの幅(デューティ比)を変化させることで信号を伝送する方式です。デジタル制御でアナログ値を表現するのに適しています。
特徴:
- デジタル信号でアナログ値を表現できる
- 電力制御に適している
- エネルギー効率が高い
- 実装が比較的簡単
用途:
- モーター制御
- LED調光
- スイッチング電源
- デジタルアンプ
2.3.3 PPM(Pulse Position Modulation:パルス位置変調)
PPMは、パルスの位置(タイミング)を変化させることで信号を伝送する方式です。
特徴:
- PWMより電力効率が高い
- 平均電力が一定
- ノイズ耐性が比較的高い
- 実装がやや複雑
用途:
- 光通信
- 宇宙通信
- 赤外線リモコン
2.3.4 PAM(Pulse Amplitude Modulation:パルス振幅変調)
PAMは、パルスの振幅を変化させることで信号を伝送する方式です。PCMの前段階として使用されることもあります。
特徴:
- 実装が比較的簡単
- ノイズに弱い
- 多重化に適している
- PCMのベースとなる技術
用途:
- PCMの前段階処理
- 一部のADC(アナログ-デジタル変換器)
- 多重化通信システム
変調方式 | 特徴 | 応用例 |
---|---|---|
PCM (パルス符号変調) |
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PWM (パルス幅変調) |
|
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PPM (パルス位置変調) |
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PAM (パルス振幅変調) |
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表1:パルス変調方式の比較表
3. モデムと変復調技術
モデム(modem)は「modulator(変調器)」と「demodulator(復調器)」を組み合わせた言葉で、デジタルデータをアナログ信号に変換して送信し、受信側で再びデジタルデータに復元する装置です。
3.1 アナログモデムとデジタルモデム
アナログモデム:
- 従来の電話回線を使用するモデム
- ASK、FSK、PSK、QAMなどの変調方式を使用
- ダイヤルアップモデムが代表例(56kbps程度)
デジタルモデム:
- デジタル回線を使用するモデム
- ADSL、ケーブルモデム、光モデムなど
- より高速な通信が可能(数Mbps~数Gbps)
3.2 モデムの進化
- ダイヤルアップモデム:
- 電話回線を使用(300bps~56kbps)
- FSK、QAMなどの変調方式
- ADSL(Asymmetric Digital Subscriber Line):
- 電話線を使用したブロードバンド技術
- DMT(Discrete Multi-Tone)変調方式を使用
- 下り最大24Mbps程度
- ケーブルモデム:
- ケーブルテレビ回線を使用
- QAM変調方式を使用
- 数十~数百Mbps
- 光モデム:
- 光ファイバーを使用
- 数百Mbps~数Gbps
- 基本的には光→電気変換を行う
3.3 現代の変復調技術
5G移動通信:
- OFDM、MIMO技術を活用
- 高次QAM(256QAMなど)を採用
- 最大数Gbpsの通信速度
Wi-Fi 6(IEEE 802.11ax):
- OFDMA技術の採用
- 1024QAMをサポート
- MU-MIMO技術の拡張
図3:変調方式のビットレートと耐ノイズ性比較
4. 応用例
- AM/FM ラジオ放送: AMは簡易な音声伝送に、FMは音質重視の放送に利用
- デジタル放送(OFDM): 地上デジタル放送、衛星放送で使用
- デジタル通信(QAM): 高速インターネット接続に必要なデータ伝送技術として、ケーブルモデムや光ファイバー通信で使用
- 無線LAN(OFDM、QAM): Wi-Fiでは複数の変調方式を状況に応じて適応的に使用
- 移動通信(5G): OFDMと高次QAMを組み合わせた高速通信
- 音声通信(PCM): 電話システムや音楽CDで音声を高品質に伝送
- モーター制御(PWM): 電動モーターや家電製品の速度・出力制御に使用し、エネルギー効率の向上に寄与
- 赤外線リモコン(PPM): 家電製品のリモコンなどで使用
5. 例題と解答
例題1
FMとAMの違いを説明し、それぞれの長所と短所を述べなさい。
FMは周波数を変化させる方式で、ノイズに強く音質が良い。帯域幅を多く使用し、受信機の構造が複雑という短所がある。一方、AMは振幅を変化させる方式で、構造が簡単で低コストという長所があるが、ノイズに弱く音質が限られるという短所がある。
例題2
QAM方式を用いた通信システムで、キャリア波が4つの振幅と4つの位相を持つ場合、1回の変調で伝送可能なビット数を計算しなさい。
キャリア波が4つの振幅と4つの位相を持つ場合、組み合わせは4×4=16状態存在するため、1回の変調で4ビットのデータが伝送可能です(2^4=16)。
例題3
PCM方式を用いて音声をデジタル化するプロセスを簡単に説明しなさい。
PCM方式では、アナログ音声信号をまず一定間隔でサンプリングし、続いて各サンプル値を最も近い離散値に量子化します。最後に、量子化された値をデジタルデータ(2進数の符号)に変換します。これにより、アナログ音声信号がデジタル信号として保存・伝送できるようになります。
例題4
16QAMでは1シンボルあたり何ビットの情報を伝送できるか、また64QAMとビットレートを比較した場合どのような違いがあるか説明しなさい。
16QAMでは1シンボルあたり4ビット(2^4=16)の情報を伝送できます。一方、64QAMでは1シンボルあたり6ビット(2^6=64)を伝送できます。したがって、同じシンボルレート(変調速度)であれば、64QAMは16QAMと比較して1.5倍(6/4=1.5)のビットレートを実現できます。ただし、64QAMはより高いSN比(信号対雑音比)を必要とするため、通信環境が悪い場合には誤り率が高くなるというトレードオフがあります。
例題5
OFDMの基本的な仕組みと、なぜ高速データ通信に適しているのかを説明しなさい。
OFDMは、使用可能な周波数帯域を複数の狭い帯域(サブキャリア)に分割し、それぞれに並列してデータを送信する技術です。各サブキャリアは互いに直交しているため、周波数利用効率が高く、干渉を最小限に抑えられます。
高速データ通信に適している理由は以下の通りです:
- 周波数選択性フェージングに強い(一部の周波数だけが影響を受けるため)
- ガードインターバルによるマルチパス干渉への耐性
- 周波数利用効率が高い
- 柔軟な帯域割り当てが可能
- QAMなどの多値変調と組み合わせることで、さらに高速化できる
これらの特性により、無線LANや4G/5G、デジタル放送など高速データ通信が必要なシステムで広く採用されています。
例題6
PCMにおいて、サンプリング周波数と量子化ビット数がどのように音質に影響するか説明しなさい。
PCMにおいて、サンプリング周波数と量子化ビット数は以下のように音質に影響します:
サンプリング周波数: サンプリング周波数は、1秒間に何回のサンプリングを行うかを表します。ナイキストの定理により、サンプリング周波数は再現したい最高周波数の少なくとも2倍必要です。サンプリング周波数が高いほど、より高い周波数まで再現できるため、音の解像度や臨場感が向上します。例えば、CDの44.1kHzは約22kHzまでの音を再現でき、人間の可聴域(約20kHz)をカバーしています。
量子化ビット数: 量子化ビット数は、サンプリングされた値をどれだけ細かく区分するかを表します。ビット数が増えるほど、ダイナミックレンジ(表現できる音の大小の幅)が広がり、小さな音も正確に再現できます。1ビット増やすごとに約6dBのダイナミックレンジが拡大します。例えば、CDの16ビットは約96dBのダイナミックレンジを持ちますが、24ビットでは約144dBとなり、より繊細な音の表現が可能になります。
このように、サンプリング周波数が高音域の再現性に、量子化ビット数がダイナミックレンジと静寂性に影響します。ハイレゾ音源等は、CDよりも高いサンプリング周波数(96kHzなど)と量子化ビット数(24ビットなど)を採用することで、より高音質な再生を実現しています。
6. まとめ
変復調方式は、デジタルデータをアナログ伝送路を介して送るための基本的な技術です。AM、FM、PM(アナログ変調)、ASK、FSK、PSK、QAM(デジタル変調)、PCM、PWM、PPM、PAM(パルス変調)など、各方式はそれぞれの特性と応用範囲を持ち、現代の通信技術において重要な役割を果たしています。
情報処理技術者試験では、特にデジタル変調方式(QAM、OFDM)とパルス変調方式(PCM)に関する理解が求められます。これらの技術の基本原理と応用例を理解することで、現代の高速・大容量通信システムの基盤技術についての知識を深めることができます。
近年の通信技術では、より高い周波数利用効率を実現するための多値変調や、複雑な変調方式を組み合わせた技術(OFDMなど)が主流となっています。5Gや次世代Wi-Fiなど、今後も進化し続ける通信技術を理解するためには、これらの基本的な変復調方式の理解が不可欠です。