4.1. 伝送路

1. 伝送路とは

 伝送路は、データ通信において重要な役割を果たす概念であり、データが送信元から受信先までどのように伝送されるかを決定します。現代の情報社会では、インターネットや電話、テレビなど、さまざまなメディアでデータが伝送されています。これらのメディアはすべて、データを効果的に送受信するために適切な伝送路を必要とします。伝送路には、有線や無線などの物理的な媒体や、これをサポートするプロトコルなどが含まれ、信号の劣化やノイズなどの課題に対処するための工夫がなされています。

2. 伝送路の物理的媒体

媒体の種類 伝送方式 伝送速度 伝送距離 特徴 代表的な用途
有線媒体
ツイストペアケーブル 電気 10Mbps〜10Gbps 〜100m コスト低、設置容易、ノイズに弱い、カテゴリによって性能が異なる LANケーブル、電話線、構内配線
同軸ケーブル 電気 10Mbps〜1Gbps 〜500m ノイズに強い、ツイストペアより高価、太さによって特性が異なる CATV、旧イーサネット、アンテナ給電線
光ファイバー 100Mbps〜100Tbps 〜100km 高速、長距離、ノイズに非常に強い、高価、曲げに弱い、シングルモードとマルチモードがある バックボーン回線、FTTH、データセンター間接続、海底ケーブル
無線媒体
無線LAN(Wi-Fi) 電波 11Mbps〜10Gbps 〜100m 配線不要、モビリティ高、障害物に弱い、セキュリティ対策が重要、規格による速度差が大きい ホームネットワーク、公衆無線LAN、オフィスネットワーク
Bluetooth 電波 1Mbps〜50Mbps 〜100m 低消費電力、短距離向け、ペアリングが必要、バージョンによって性能が異なる IoT機器、ワイヤレスイヤホン、マウス・キーボード、ヘルスケアデバイス
赤外線 〜16Mbps 〜10m 直線上のみ通信可、障害物に非常に弱い、セキュリティが高い、低コスト リモコン、短距離データ転送、一部の顔認証システム
衛星通信 電波 数Mbps〜数Gbps 全球カバー 広域をカバー、遅延大(GEO: ~600ms、LEO: ~20-40ms)、天候の影響を受ける、コスト高 遠隔地通信、災害時バックアップ、船舶・航空機通信、放送配信
携帯電話網 電波 数百kbps〜数Gbps 〜数十km/基地局 モビリティ高、広域カバー、基地局必要、世代(3G/4G/5G)による性能差が大きい スマートフォン、モバイル通信、IoT機器、車載通信

3. 伝送路のモード

 伝送路には、主に以下の3つのモードがあります。

3.1. 単方向 (Simplex)

 単方向の伝送路は、一方通行でデータを送信する方式です。送信者がデータを送り、受信者はそれを受け取るだけで、逆方向の通信は行われません。例としては、テレビ放送やラジオ放送が挙げられます。受信者は送られてきた信号を受信するのみで、送信者に対して応答することはありません。

3.2. 半二重 (Half-Duplex)

 半二重の伝送路では、データは双方向に送信可能ですが、同時には行えません。つまり、送信と受信は交互に行われ、片方が送信している間は、もう片方は受信のみが可能です。トランシーバーや無線機の通信などがこれに該当します。半二重モードでは、通信の同期と衝突回避のためにプロトコルが使用されることが一般的です。

3.3. 全二重 (Full-Duplex):

 全二重の伝送路では、データの送信と受信が同時に行われます。電話の通話やインターネット接続がその代表例です。これにより、リアルタイムでの双方向通信が可能となり、効率的なデータ交換が実現します。全二重モードでは、送信と受信が同時に可能であるため、高速でスムーズな通信が行えます。

モード 特徴 代表例
単方向 (Simplex) データは一方向のみ流れる。
受信側からの応答はない。
テレビ放送
ラジオ放送
デジタルサイネージ
半二重 (Half-Duplex) 双方向通信が可能だが、
同時には通信できない。
交互に送受信を行う。
トランシーバー
無線機
旧式の無線LAN
全二重 (Full-Duplex) 双方向に同時通信が可能。
送信と受信を同時に行える。
電話
インターネット接続
ビデオ会議システム

表1:伝送路モード比較表

4. 応用例

 伝送路の各モードは、それぞれの特性を生かしてさまざまな業界や技術に応用されています。

4.1 単方向通信 (Simplex) の応用

  • 放送メディア: テレビ放送やラジオ放送では、情報は放送局から一方的に視聴者や聴取者に届けられます。送信者は大量のデータを一度に広範囲に送信できるため、多くの人々に情報を一斉に伝えることが可能です。
  • データ収集システム: 各種センサーからの情報を中央サーバーに一方的に送信するIoTシステムや環境モニタリングシステムでも単方向通信が活用されています。
  • デジタルサイネージ: 広告や案内表示などのデジタルサイネージシステムでは、コンテンツ配信サーバーから表示端末への一方通行の通信が基本です。

4.2 半二重通信 (Half-Duplex) の応用

  • 業務用無線機器: トランシーバーは、工事現場や警備、軍事通信、災害対応などで多く利用されています。あるユーザーが話すと、他のユーザーは聞くだけとなり、双方が交互に通信を行います。これにより、限られた周波数帯域内でチームメンバー間の効率的な情報交換が可能です。
  • 無線LANの初期規格: IEEE 802.11の初期規格では、アクセスポイントと端末間の通信は半二重で行われていました。送信と受信を時分割で切り替えることで、単一のチャネルを効率的に利用していました。
  • 一部のバス型ネットワーク: 一本の伝送路を複数の機器で共有するバス型ネットワークでは、衝突を避けるために半二重通信方式が採用されることがあります。

4.3 全二重通信 (Full-Duplex) の応用

  • 電話通信: 固定電話や携帯電話の音声通話では、話者と聞き手が同時に会話できる全二重通信が不可欠です。これにより、自然な会話が可能となります。
  • インターネット接続: 現代のインターネット接続では、ダウンロードとアップロードを同時に行う全二重通信が標準となっています。これにより、Webブラウジングをしながらファイルをアップロードするなど、複数の通信を同時に実行できます。
  • ビデオ会議: ビデオ会議やオンラインコラボレーションツールでは、全二重通信により参加者全員が同時に音声や映像、データを送受信することが可能です。これにより、リアルタイムでの効率的なコミュニケーションが実現します。

5. 最新技術動向

 伝送路技術は急速に進化しており、より高速で信頼性の高い通信を実現するための新しい技術が次々と開発されています。

5.1 高速光通信技術

  • コヒーレント光通信: 光の位相や偏波を制御することで、従来の光通信よりも高密度なデータ伝送を可能にします。海底ケーブルや長距離バックボーン回線で400Gbpsから1Tbpsの超高速通信を実現しています。
  • 空間分割多重化 (SDM): 一本の光ファイバー内に複数のコアを設けたり、複数のモードを利用したりすることで、従来の限界を超える大容量通信が可能になります。研究レベルでは1Pbps(ペタビット/秒)を超える伝送実験も行われています。
  • シリコンフォトニクス: 電子回路の製造技術を応用して光集積回路を作製する技術で、小型かつ低消費電力の光通信デバイスの実現を目指しています。データセンター内の短距離高速通信などへの応用が期待されています。

5.2 次世代無線通信技術

  • 5G/6G移動通信: 5G(第5世代移動通信システム)は、高速・大容量(最大20Gbps)、低遅延(1ミリ秒程度)、多数同時接続(1平方キロメートルあたり100万デバイス)を特徴とする無線通信規格です。さらに次世代の6Gでは、テラヘルツ波を利用した100Gbps以上の通信速度や、AI連携による高度な通信制御が検討されています。
  • 無線LANの進化: Wi-Fi 6(IEEE 802.11ax)やWi-Fi 7(IEEE 802.11be)では、MU-MIMO(Multi-User Multiple-Input Multiple-Output)や1024QAM、マルチリンク運用など新技術により、混雑した環境でも高速で安定した通信を実現します。
  • LEO(低軌道)衛星通信: SpaceのStarlinkやAmazonのProject Kuiperなど、多数の低軌道衛星を使った全球カバーの高速インターネット接続サービスが実用化されつつあります。地上の基地局が届かない地域でも数十〜数百Mbpsの通信が可能になります。

5.3 ネットワークのソフトウェア化

  • SDN (Software-Defined Networking): ネットワークの制御をソフトウェアとして実装し、物理的なネットワーク機器から分離することで、柔軟で動的なネットワーク制御を可能にします。
  • NFV (Network Function Virtualization): ルーターやファイアウォールなどのネットワーク機能を専用ハードウェアからソフトウェアとして汎用サーバー上に実装する技術です。これにより、ネットワーク機能の迅速な展開や変更が可能となります。
  • ネットワークスライシング: 物理的なネットワークインフラを複数の仮想ネットワークに分割し、用途に応じて最適化された通信環境を提供する技術です。5Gネットワークでの実用化が進められています。

6. 練習問題

6.1 伝送モードに関する問題

問題 1: 単方向、半二重、全二重の違いを説明し、それぞれのモードが適している応用例を挙げてください。

 単方向通信(Simplex)は一方通行の通信方式で、テレビ放送やラジオ放送に適しています。半二重通信(Half-Duplex)は交互に通信を行うモードで、トランシーバーのような業務用無線機に適しています。全二重通信(Full-Duplex)は同時に送受信が可能なモードで、電話通話やインターネット接続に適しています。

問題 2: あるプロジェクトで、チームメンバーがトランシーバーを使用してコミュニケーションを行う必要があります。この場合、どの伝送路モードが使用され、なぜそれが適しているのかを説明してください。

 半二重(Half-Duplex)モードが使用されます。トランシーバーは交互に送信と受信を行うため、半二重モードが適しています。限られた周波数帯域を効率的に利用できる上、「送信終了」を示す合図(例:「どうぞ」や「オーバー」)により、通信の衝突を防ぎながら双方向の情報交換が可能です。

6.2 伝送媒体に関する問題

問題 3: ある企業が本社と支社間(距離約50km)で大容量データを高速で転送する必要があります。最も適した伝送媒体を選び、その理由を説明してください。

 光ファイバーが最も適しています。理由は以下の通りです:

  1. 長距離(50km)でも信号の減衰が少なく、中継器なしでの通信が可能
  2. 高速・大容量のデータ転送に対応(数十Gbpsから数百Gbpsの伝送速度)
  3. 外部からの電磁干渉の影響を受けないため、データの信頼性が高い
  4. セキュリティ面でも盗聴が困難であるという利点がある

問題 4: 無線LANと有線LANの特性を比較し、それぞれが適している利用環境を説明してください。

無線LAN:

  • 特性: 配線不要、設置が容易、モビリティが高い、伝送速度は比較的低め(数百Mbps〜数Gbps)、セキュリティリスクが比較的高い
  • 適している環境: モバイルワーク環境、頻繁にレイアウト変更が必要なオフィス、一時的な会議室、家庭内ネットワーク、公共スペース

有線LAN:

  • 特性: 安定した接続、高速(1Gbps〜100Gbps)、低遅延、セキュリティが比較的高い、配線工事が必要
  • 適している環境: データセンター、固定的なオフィスワークステーション、高速・安定した通信が必要なサーバー室、セキュリティ要件の高い業務システム

6.3 最新技術に関する問題

問題 5: 5G通信の主な特徴を3つ挙げ、それぞれがどのような応用例に適しているかを説明してください。

 5Gの主な特徴と応用例:

  1. 高速・大容量(最大20Gbps): 4K/8K動画のストリーミング、AR/VRアプリケーション、大容量ファイルの高速ダウンロード
  2. 超低遅延(1ミリ秒程度): 自動運転車の制御、遠隔手術、産業用ロボットのリアルタイム制御、オンラインゲーム
  3. 多数同時接続(1平方キロメートルあたり100万デバイス): スマートシティ、大規模IoTセンサーネットワーク、スタジアムなどの高密度環境

問題 6: SDN(Software-Defined Networking)の概念と、従来のネットワークと比較した利点を説明してください。

 SDNは、ネットワークの制御機能(制御プレーン)をデータ転送機能(データプレーン)から分離し、ソフトウェアによってネットワークを中央集権的に制御する概念です。

従来のネットワークと比較した主な利点:

  1. 柔軟なネットワーク構成変更が可能(ハードウェア変更なしでトラフィック経路変更など)
  2. プログラマブルなインターフェースによる自動化が容易
  3. 障害発生時の迅速な復旧や動的な負荷分散が実現可能
  4. 新しいネットワークサービスの迅速な導入が可能
  5. ハードウェアベンダーからの独立性が高まり、コスト削減が期待できる

5. まとめ

 伝送路は、データ通信における重要な要素であり、データがどのように伝送されるかに影響を与えます。単方向、半二重、全二重の各モードは、それぞれ異なる用途に適しており、適切に選択することで、効率的な通信が可能となります。これらの概念を理解することで、情報技術の基盤となる通信の仕組みをより深く理解することができます。