1. 概要
経営戦略とは、企業が長期的な視点で自社の目標を達成するために策定する計画や方針のことです。経営戦略は企業理念を基盤として、外部環境と内部資源を分析し、競争優位性を構築するための道筋を示します。VUCA(Volatility:変動性、Uncertainty:不確実性、Complexity:複雑性、Ambiguity:曖昧性)と呼ばれる予測困難な現代のビジネス環境において、明確な経営戦略の策定と実行は企業の持続的成長と存続に不可欠です。特に情報技術の発展により、ビジネスモデルの変革やデジタルトランスフォーメーションが進む中、経営戦略の重要性はますます高まっています。
2. 詳細説明
2.1. 経営戦略の目的
経営戦略の主な目的は以下の通りです。
- 競争優位性の構築と維持
- 経営資源の最適配分
- 環境変化への適応
- 長期的な企業価値の向上
- ステークホルダーの期待への対応
特に近年は、SDGs(持続可能な開発目標)やTCFD開示(気候関連財務情報開示タスクフォース)などの社会的要請に応える戦略策定も重要になっています。企業の社会的責任を果たしながら、経済的価値も創出するという両立が求められています。
2.2. 経営戦略の考え方
経営戦略を考える上での重要な視点には以下があります。
2.2.1. 環境適応型アプローチ
外部環境の分析に基づき、機会と脅威を把握し、それに適応する戦略を立案します。
2.2.2. 資源ベースアプローチ
自社の強みとなる経営資源や能力(ダイナミックケイパビリティ)を分析し、それを活かした戦略を立案します。
2.2.3. ポジショニングアプローチ
業界内での自社の位置づけを明確にし、競争優位性を確立するための戦略を立案します。
2.2.4. イノベーションアプローチ
既存の価値観やビジネスモデルを変革し、新たな市場や価値を創造する戦略を立案します。特に、顧客とともに価値を創造するコ・クリエーション戦略や、資源を循環させるサーキュラーエコノミー(循環経済)の考え方が注目されています。
アプローチ | 主な特徴 | 代表的理論家 | 分析フレーム |
---|---|---|---|
環境適応型 アプローチ |
外部環境分析に基づく 機会と脅威への対応 |
マイケル・ポーター | ファイブフォース PEST分析 |
資源ベース アプローチ |
内部資源・能力の活用 模倣困難な強みの構築 |
ジェイ・バーニー | VRIO分析 コア・コンピタンス |
ポジショニング アプローチ |
業界内での位置取り 競争優位性の確立 |
マイケル・ポーター | 3つの基本戦略 バリューチェーン |
イノベーション アプローチ |
新たな価値創造 ビジネスモデル変革 |
クレイトン・ クリステンセン |
破壊的イノベーション ブルーオーシャン戦略 |
表1: 経営戦略の4つのアプローチ比較
2.3. 経営戦略の階層
経営戦略は通常、以下の3つの階層に分けて考えられます。
2.3.1. 企業戦略(コーポレート戦略)
企業全体の方向性を示す最上位の戦略です。どの事業領域に参入し、経営資源をどのように配分するかを決定します。多角化戦略や、シナジー効果を狙った事業統合などがこれに含まれます。
2.3.2. ビジネス戦略(競争戦略)
特定の事業領域における競争優位性を確立するための戦略です。マイケル・ポーターの提唱した差別化戦略、コストリーダーシップ戦略、集中戦略などがこれに該当します。規模の経済や範囲の経済を活かした戦略もここに含まれます。
2.3.3. 機能別戦略
各機能部門(マーケティング、生産、研究開発、人事など)レベルでの戦略です。ビジネス戦略を実現するための具体的な施策を立案します。例えば、IPランドスケープを活用した知財戦略なども、機能別戦略の一つです。
flowchart TB subgraph "経営戦略の階層構造" A["企業理念・ビジョン"] --> B["企業戦略(全社戦略)"] B --> C["ビジネス戦略(競争戦略)"] C --> D["機能別戦略"] style A fill:#f9f9f9,stroke:#333,stroke-width:2px style B fill:#e6f2ff,stroke:#333,stroke-width:2px style C fill:#e6fff2,stroke:#333,stroke-width:2px style D fill:#fff2e6,stroke:#333,stroke-width:2px subgraph "企業戦略の内容" B1["• 事業領域の選択
• 経営資源配分
• 多角化戦略"] end subgraph "ビジネス戦略の内容" C1["• 差別化戦略
• コストリーダーシップ戦略
• 集中戦略"] end subgraph "機能別戦略の内容" D1["• マーケティング戦略
• 研究開発戦略
• 生産戦略
• 人事戦略
• 財務戦略"] end B1 ~~~ B C1 ~~~ C D1 ~~~ D end classDef default fill:#fff,stroke:#333,stroke-width:1px classDef subgraphStyle fill:transparent,stroke:transparent
図1: 経営戦略の階層構造
3. 応用例
flowchart LR A[Awareness
認知] --> B[Desire
欲求] B --> C[Knowledge
知識] C --> D[Ability
能力] D --> E[Reinforcement
定着] style A fill:#ffcccc,stroke:#333,stroke-width:2px style B fill:#ffe6cc,stroke:#333,stroke-width:2px style C fill:#ffffcc,stroke:#333,stroke-width:2px style D fill:#ccffcc,stroke:#333,stroke-width:2px style E fill:#ccccff,stroke:#333,stroke-width:2px subgraph "チェンジマネジメントのプロセス" A1["• 変革の必要性を
理解する"] B1["• 変革に参加したい
という意欲を持つ"] C1["• 変革に必要な
知識を習得する"] D1["• 変革を実行する
能力を身につける"] E1["• 変革を維持・
継続させる"] end A1 ~~~ A B1 ~~~ B C1 ~~~ C D1 ~~~ D E1 ~~~ E classDef default fill:#fff,stroke:#333,stroke-width:1px classDef subgraphStyle fill:transparent,stroke:transparent
図2: ADKARモデルの5要素
3.1. 製造業における経営戦略の応用
日本の製造業A社は、企業理念に基づき「環境調和型ものづくり」を掲げ、サーキュラーエコノミーの実現に向けた企業戦略を策定しました。その下で、高付加価値製品による差別化というビジネス戦略を展開し、研究開発部門ではバイオマス素材の開発、生産部門では省エネ型生産システムの構築という機能別戦略を実行しています。また、ベンチマーキングを通じて業界のベストプラクティスを取り入れ、継続的な改善を図っています。
3.2. IT企業における経営戦略の応用
クラウドサービス提供会社B社は、「デジタルトランスフォーメーションのパートナー」という企業理念のもと、SaaS事業への集中と関連サービスへの多角化という企業戦略を採用しています。ビジネス戦略としては顧客との共創(コ・クリエーション戦略)によるソリューション開発を推進し、機能別戦略として営業部門ではソリューション提案型営業への転換、開発部門ではアジャイル開発手法の導入を進めています。この変革過程ではADKAR(Awareness(認知)、Desire(欲求)、Knowledge(知識)、Ability(能力)、Reinforcement(定着))モデルを活用したチェンジマネジメントを実施し、組織全体の変革を促進しています。
flowchart TB subgraph "コ・クリエーション戦略" direction TB A[企業] --> B[価値共創プロセス] C[顧客] --> B style A fill:#e6f2ff,stroke:#333,stroke-width:2px style B fill:#f2ffe6,stroke:#333,stroke-width:2px style C fill:#ffe6f2,stroke:#333,stroke-width:2px end subgraph "サーキュラーエコノミー(循環経済)" direction LR D[原材料] --> E[生産] E --> F[販売] F --> G[使用] G --> H[回収] H --> I[再生] I --> D style D fill:#ccf2ff,stroke:#333,stroke-width:2px style E fill:#ccffe6,stroke:#333,stroke-width:2px style F fill:#e6ffcc,stroke:#333,stroke-width:2px style G fill:#ffcccc,stroke:#333,stroke-width:2px style H fill:#ffccf2,stroke:#333,stroke-width:2px style I fill:#f2ccff,stroke:#333,stroke-width:2px end classDef default fill:#fff,stroke:#333,stroke-width:1px classDef subgraphStyle fill:transparent,stroke:#333,stroke-width:1px
図3: コ・クリエーション戦略とサーキュラーエコノミーの概念図
4. 例題
例題1
企業戦略、ビジネス戦略、機能別戦略の関係性について、適切な説明はどれか。
- 企業戦略は機能別戦略の方針に基づいて策定される
- ビジネス戦略は企業戦略と無関係に策定できる
- 機能別戦略はビジネス戦略を実現するための具体的施策である
- 経営戦略には階層性はなく、すべて同じレベルで策定される
【解答】 正解:c.
【解説】 経営戦略は階層構造になっており、最上位の企業戦略、中位のビジネス戦略、下位の機能別戦略という順序で策定されます。機能別戦略はビジネス戦略を実現するための具体的な施策として位置づけられています。
例題2
【問題】 企業Aは、環境技術分野で強みを持つ企業Bを買収し、自社の製品ラインに環境配慮型製品を加えることで、市場シェアを拡大しようとしている。この戦略の説明として最も適切なものはどれか。
- 規模の経済を活かした機能別戦略である
- シナジー効果を狙った多角化戦略である
- コ・クリエーション戦略の一環である
- ベンチマーキングによるベストプラクティスの導入である
【解答】 正解:b.
【解説】 企業Aが環境技術分野の企業Bを買収することは、既存事業と関連性のある分野への多角化戦略です。両社の強みを組み合わせることでシナジー効果を生み出し、競争優位性の強化を図ろうとしています。
例題3
【問題】 VUCAの時代における効果的な経営戦略として、ダイナミックケイパビリティの重要性が指摘されている。ダイナミックケイパビリティの説明として適切なものはどれか。
- 変化する環境に対応して自社の資源や能力を再構成する能力
- 企業の規模を拡大することで得られる経済的優位性
- 複数の事業間で共通の経営資源を活用することによる効率性
- 他社の優れた経営手法を自社に取り入れる手法
【解答】 正解:a.
【解説】 ダイナミックケイパビリティとは、変化する環境に対応して自社の資源や能力を再構成し、継続的に競争優位性を創出・維持する能力のことです。VUCAの時代において、環境変化に柔軟に対応するために重要な能力とされています。
5. まとめ
経営戦略は、企業理念を実現するための長期的な計画であり、企業戦略、ビジネス戦略、機能別戦略という階層構造を持ちます。外部環境と内部資源を分析し、競争優位性を構築するための道筋を示すものです。
近年のビジネス環境は、VUCAと呼ばれる変動性・不確実性・複雑性・曖昧性が高まっており、従来の固定的な戦略だけでなく、環境変化に柔軟に対応できるダイナミックケイパビリティの構築や、SDGsやTCFD開示などの社会的要請に応える戦略が重要になっています。
また、イノベーションを促進するためのコ・クリエーション戦略や、サーキュラーエコノミーの実現に向けた戦略など、新たな戦略概念も登場しています。このような変化に対応するためには、チェンジマネジメントの手法としてADKARモデルを活用するなど、戦略の実行面での取り組みも重要です。
経営戦略の成功には、策定だけでなく、実行のプロセスや評価・修正のサイクルが不可欠であり、企業全体が一貫した方向性を持って取り組むことが求められます。