1.3.2. 業務・組織及び利用者の要件

1. 概要

 システム開発において、「業務・組織及び利用者の要件」を正確に定義することは極めて重要です。この過程は、開発対象システムが実際の業務や利用者のニーズを適切に満たすことを保証するための基礎となります。本記事では、システム要件定義の一環として、業務処理手順、入出力情報要件、操作要件などの要求事項を明確に定義し、5W2H(Why、When、Where、Who、What、How、How much)の観点から文書化する方法について、具体的な例とともに解説します。

2. 詳細説明

2.1. システム要件定義の重要性

 システム要件定義は、開発プロジェクトの成功を左右する重要なプロセスです。特に、業務・組織及び利用者の要件を正確に把握し定義することで、以下のような利点があります:

  1. 開発の方向性の明確化
  2. 利用者満足度の向上
  3. 開発コストとリスクの削減
  4. プロジェクト全体の効率化

 要件定義を確実に行うことで、プロジェクトが適切なスケジュールで進行し、費用対効果の高いシステムを実現できます。

2.2. 要件定義の主要項目

2.2.1. 業務処理手順

 現在の業務フローを分析し、新システムでの処理手順を定義します。これには、CRUD(Create, Read, Update, Delete)マトリクスの作成が有効です。例えば、銀行の口座管理システムにおいて、口座開設や取引履歴の確認、顧客情報の更新といった具体的な操作が必要となります。CRUDマトリクスを活用することで、各業務処理がシステムにどのように反映されるかを整理しやすくなります。

2.2.2. 入出力情報要件

 システムで扱うデータの種類、形式、量、頻度を明確にします。具体的には、顧客管理システムでは顧客基本情報、取引データ、信用情報などのデータ項目が含まれます。データベース要件を適切に定義することで、システムのスケーラビリティや効率性を高めることができます。

2.2.3. 操作要件(システム操作イメージ)

 ユーザーインターフェース(UI)の設計指針や操作フローを定義します。例えば、製造業の生産管理システムでは、タブレットやスマートフォンでの操作を前提としたUIが求められる場合があります。このように、ユーザーが使いやすいシステムを設計するために、操作性や画面レイアウトに関する要件を明確にします。

2.3. 5W2H分析による要件の明確化

 要件を5W2H(Why、When、Where、Who、What、How、How much)の観点から分析することで、より具体的かつ包括的な要件定義が可能になります。例えば、「Why(なぜ)」の部分では、システムの目的やビジネスの目標を明確化し、「How much(いくらで)」の部分では、初期開発費用や月々の運用コストを定義します。これにより、ビジネス要件と技術要件が整合する要件書を作成できます。

2.4. その他の重要な要件

  1. 性能要件:応答時間、処理能力など、システムのスピードや負荷に関する要件
  2. セキュリティ要件:アクセス制御やデータ保護のための具体的な対策
  3. 可用性要件:システムの稼働時間や障害対応策
  4. 移行要件:旧システムからのデータ移行方法
  5. 運用要件:システムの運用手順と管理形態
  6. 保守要件:システム保守のタイミングや形態
  7. テスト要件:テストの範囲や基準を定めることで、システム品質を確保
  8. 教育・訓練要件:システム利用者への操作トレーニング計画

3. 応用例

3.1. 金融機関での顧客管理システム開発

 ある銀行の顧客管理システム刷新プロジェクトでは、以下のように要件定義を行いました:

  1. 業務処理手順:口座開設、取引履歴確認、顧客情報更新などのフローを定義
  2. 入出力情報要件:顧客基本情報、取引データ、信用情報などのデータ構造を規定
  3. 操作要件:タブレット端末での操作を前提としたUI設計
  4. セキュリティ要件:多要素認証、暗号化通信の導入
  5. 運用要件:24時間365日のシステム稼働、障害時の対応手順の策定

3.2. 製造業での生産管理システム更新

 大手製造業の生産管理システム更新では、次のような要件定義を実施しました:

  1. 性能要件:リアルタイムでの在庫管理、1秒以内の応答時間
  2. データベース要件:過去10年分の生産データの保持と高速検索
  3. 移行要件:旧システムからのデータ移行計画、並行運用期間の設定
  4. 保守要件:24時間365日の保守体制、月次でのシステムアップデート

4. 例題

例題1

問題:ある電子商取引(EC)サイトの要件定義において、「注文処理」に関する要件を5W2Hの観点から整理してください。

回答例:

  • Why(なぜ):顧客の購買体験を向上させ、売上を増加させるため
  • When(いつ):24時間365日、特に平日夜間と週末の注文増加に対応
  • Where(どこで):Webブラウザ、スマートフォンアプリ上で
  • Who(誰が):登録済み顧客および未登録のゲスト顧客
  • What(何を):商品の選択、カート追加、決済処理、配送先指定
  • How(どのように):SSL暗号化通信を使用し、複数の決済方法に対応
  • How much(いくらで):システム開発費用は1億円以内、月間運用コストは売上の1%以内

例題2

問題:病院の電子カルテシステムの要件定義において、考慮すべき主要な要件を5つ挙げ、それぞれについて簡単に説明してください。

回答例:

  1. セキュリティ要件:患者情報の機密性を保護するため、強固な認証システムと暗号化を実装する
  2. 可用性要件:24時間365日の稼働を保証し、障害時の迅速な復旧手順を確立する
  3. データベース要件:大量の患者データを長期保存し、高速に検索可能なシステムを構築する
  4. 運用要件:医療スタッフの勤務体制に合わせた運用形態を定義し、緊急時の対応手順を確立する
  5. 教育・訓練要件:医師、看護師、事務職員など、各職種に応じた操作訓練プログラムを策定する

5. まとめ

 システム要件定義における業務・組織及び利用者の要件の明確化は、成功するシステム開発の基盤となります。具体的には以下の点が重要です:

  1. 業務処理手順、入出力情報要件、操作要件を詳細に定義する
  2. 5W2Hの観点から要件を分析し、文書化する
  3. 性能、セキュリティ、可用性などの技術的要件も考慮する
  4. 運用、保守、教育訓練など、システム稼働後の要件も忘れずに定義する
  5. CRUDマトリクスなどのツールを活用し、要件の漏れや矛盾を防ぐ

 これらの点に注意しながら要件定義を行うことで、利用者のニーズを満たし、効率的に運用できるシステムの開発が可能となります。