4.1.1. 人的セキュリティ対策

1. 概要

 人的セキュリティ対策とは、組織内の人間に起因する情報セキュリティリスクを軽減するための対策です。これには、従業員の不注意や意図的な不正行為、外部からの攻撃者による社会工学的手法(ソーシャルエンジニアリング)などが含まれます。

 人的セキュリティ対策の重要性は、技術的対策だけでは防ぎきれない人間の要因によるセキュリティ脅威に対処できる点にあります。組織の最大の資産である「人」を、セキュリティリスクの源泉ではなく、セキュリティ対策の重要な一部として位置づけることが求められています。

2. 詳細説明

2.1. 情報セキュリティ啓発

 情報セキュリティ啓発は、従業員の意識向上と知識習得を目的とした活動です。主な方法として以下があります:

  1. 教育:定期的なセキュリティ研修の実施(例:年に1回の全社的なセキュリティ勉強会)
  2. 資料配付:セキュリティポリシーやガイドラインの配布(例:新入社員研修時にガイドラインを配布)
  3. メディア活用:社内ポータルやニュースレターでの情報発信(例:毎月のセキュリティニュース更新)

 実際の企業では、これらの啓発活動により、従業員のセキュリティ意識が向上し、内部からのセキュリティリスクを減少させる効果が報告されています。

2.2. 情報セキュリティ訓練

 実践的なスキルを身につけるための訓練として、以下のようなものがあります:

  1. 標的型メール訓練:模擬的な攻撃メールを送信し、従業員の対応を確認(例:定期的にフィッシングテストを実施し、反応率を測定)
  2. レッドチーム演習:外部の専門家チームによる模擬攻撃を実施し、組織の対応力を評価(例:第三者機関による年1回のセキュリティ評価)

 これらの訓練により、従業員は実際の攻撃に対する迅速かつ適切な対応能力を養うことができます。

2.3. アクセス管理

 適切なアクセス管理は、内部不正防止の要となります:

  1. アカウント管理:個人に紐づいたアカウントの作成と管理(例:アカウント情報の定期的な見直しと更新)
  2. 特権的アクセス権の管理:管理者権限の厳格な管理と監視(例:特権アクセスのログ監査を毎月実施)
  3. 最小権限の原則(need-to-know):業務に必要最小限の権限のみを付与(例:プロジェクトごとのアクセス権限を制限)

2.4. ログ管理と監視

 システムやネットワークの利用状況を把握し、不正行為を検知するための重要な対策です:

  1. ログの記録と取得:アクセスログ、操作ログなどの記録(例:ユーザー活動ログを全システムで記録)
  2. ログの分析と異常検出:異常な動作パターンの検出(例:自動解析ツールを用いてリアルタイムでの異常検知)
  3. 定期的な監査と評価:ログ分析結果に基づく調査と改善(例:セキュリティチームによる月次レビュー)

 これにより、内部の不正行為や外部からの攻撃を早期に発見し、対応することが可能になります。

2.5. 組織における内部不正防止ガイドライン

 経済産業省が公表している「組織における内部不正防止ガイドライン」は、内部不正対策の基本的な考え方や具体的な対策例を提示しています。例えば、従業員の権限の明確化、アクセス権の定期的な見直し、不正行為の兆候の早期発見のためのモニタリング体制の構築などが含まれます。組織固有の状況に応じて、これらのガイドラインを基に対策を検討することが重要です。

3. 応用例

3.1. 金融機関での適用

 金融機関では、顧客情報や取引データの保護が極めて重要です。そのため、以下のような人的セキュリティ対策が実施されています:

  • 定期的な情報セキュリティ研修の義務化(例:四半期ごとのオンライン学習)
  • クリアデスク・クリアスクリーンポリシーの徹底(例:顧客データの取り扱い時には画面の視覚的保護フィルターを使用)
  • 二要素認証によるシステムアクセス管理(例:銀行システムへのアクセス時にスマートカードとPINコードを使用)
  • 取引ログの常時監視と不正検知システムの導入(例:AIを活用した異常検知システム)

3.2. 製造業での適用

 製造業では、企業秘密や知的財産の保護が課題となります。以下のような対策が取られています:

  • 入退室管理システムによる物理的アクセス制御(例:ICカードを使用した工場へのアクセス制限)
  • 情報の重要度に応じた細かなアクセス権限設定(例:設計図の閲覧権限を特定の部署に限定)
  • 定期的な内部監査と脆弱性診断の実施(例:年2回のセキュリティ監査)
  • 退職者の情報アクセス権限の迅速な削除プロセスの確立(例:退職日当日のアクセス権限削除)

4. 例題

例題1

Q: 人的セキュリティ対策として、「最小権限の原則」が重要とされています。この原則の説明として最も適切なものを選んでください。

a) すべての従業員に同じレベルのアクセス権限を与える
b) 管理者には常にフルアクセス権限を与える
c) 従業員には業務に必要最小限のアクセス権限のみを与える
d) 従業員のアクセス権限は定期的に変更する

A: 正解は c) 従業員には業務に必要最小限のアクセス権限のみを与える

解説:最小権限の原則とは、各従業員が自身の業務遂行に必要な最小限の情報やシステムにのみアクセスできるようにする考え方です。これにより、不必要な情報漏洩のリスクを低減し、内部不正の防止にもつながります。

例題2

Q: 情報セキュリティ訓練の一環として、「レッドチーム演習」が行われることがあります。レッドチーム演習の説明として最も適切なものを選んでください。

a) 社内のセキュリティ担当者が自社システムの脆弱性を探索する
b) 外部の専門家チームが、実際の攻撃者を模して組織のセキュリティを評価する
c) 従業員全員で協力して、セキュリティ対策の改善案を考える
d) セキュリティ製品の導入効果を測定するためのベンチマークテストを行う

A: 正解は b) 外部の専門家チームが、実際の攻撃者を模して組織のセキュリティを評価する

解説:レッドチーム演習は、実際の攻撃者の手法を模した高度な模擬攻撃を行い、組織のセキュリティ対策の実効性を評価する訓練です。この演習を通じて、技術的対策だけでなく、人的な対応力も含めた総合的なセキュリティレベルを把握し、改善につなげることができます。

5. まとめ

 人的セキュリティ対策は、組織の情報セキュリティを確保する上で極めて重要な要素です。主な対策として、以下の点が挙げられます:

  1. 情報セキュリティ啓発:教育、資料配付、メディア活用による意識向上
  2. 情報セキュリティ訓練:標的型メール訓練、レッドチーム演習などの実践的訓練
  3. アクセス管理:最小権限の原則に基づく適切なアクセス権限の付与
  4. ログ管理と監視:システム利用状況の把握と異常の早期検知
  5. 内部不正防止ガイドラインの活用:組織特性に応じた対策の検討と実施

 これらの対策を適切に組み合わせ、継続的に改善していくことで、人的要因によるセキュリティリスクを軽減し、組織全体のセキュリティレベルを向上させることが可能となります。