1.11. マルチプロセッサシステム

1. 概要

 マルチプロセッサシステムとは、複数のプロセッサ(CPU)を1つのコンピュータシステム内に搭載し、処理を並列化することで高速化や高信頼化を実現するシステムです。現代の高性能コンピュータやサーバ、スーパーコンピュータなどでは、単一のプロセッサの性能向上には物理的な限界があるため、複数のプロセッサを協調動作させることで全体の処理能力を向上させる手法が広く採用されています。マルチプロセッサシステムは、計算処理の高速化だけでなく、負荷分散や冗長化による信頼性の向上にも貢献します。

2. 詳細説明

2.1. マルチプロセッサシステムの種類

2.1.1. 結合度による分類

 マルチプロセッサシステムは、プロセッサ間の結合度によって以下のように分類されます。

2.1.1.1. 疎結合マルチプロセッサシステム

 疎結合マルチプロセッサシステムでは、各プロセッサが独自のメモリを持ち、プロセッサ間の通信はネットワークやバスを介して行われます。データの共有や同期にはオーバーヘッドが発生しますが、各プロセッサが独立して動作できるため、スケーラビリティに優れています。クラスタシステムがこの代表例です。

2.1.1.2. 密結合マルチプロセッサシステム

 密結合マルチプロセッサシステムでは、複数のプロセッサが共有メモリを使用します。プロセッサ間の通信が高速で、データの共有が容易である一方、メモリアクセスの競合が発生する可能性があります。SMP(Symmetric Multi Processing:対称型マルチプロセッシング)が代表的な例です。

2.1.1.3. タンデム結合マルチプロセッサシステム

 タンデム結合マルチプロセッサシステムは、複数のプロセッサが直列に接続され、順次処理を行うシステムです。各プロセッサが異なる役割を担い、パイプライン方式で処理を進めます。特定の順序性のある処理に適しています。

graph TB
    subgraph "疎結合マルチプロセッサシステム"
    P1[プロセッサ1] --- M1[メモリ1]
    P2[プロセッサ2] --- M2[メモリ2]
    P3[プロセッサ3] --- M3[メモリ3]
    P1 -.->|ネットワーク| P2
    P2 -.->|ネットワーク| P3
    P3 -.->|ネットワーク| P1
    end
    
    classDef processor fill:#f96,stroke:#333,stroke-width:2px;
    classDef memory fill:#9cf,stroke:#333,stroke-width:2px;
    
    class P1,P2,P3,PP1,PP2,PP3,TP1,TP2,TP3 processor;
    class M1,M2,M3,SM memory;
graph TB
    
    subgraph "密結合マルチプロセッサシステム"
    PP1[プロセッサ1] --- SM[共有メモリ]
    PP2[プロセッサ2] --- SM
    PP3[プロセッサ3] --- SM
    end
    


    classDef processor fill:#f96,stroke:#333,stroke-width:2px;
    classDef memory fill:#9cf,stroke:#333,stroke-width:2px;
    
    class P1,P2,P3,PP1,PP2,PP3,TP1,TP2,TP3 processor;
    class M1,M2,M3,SM memory;
graph TB
    
    subgraph "タンデム結合マルチプロセッサシステム"
    TP1[プロセッサ1] -->|データ転送| TP2[プロセッサ2]
    TP2 -->|データ転送| TP3[プロセッサ3]
    end

    classDef processor fill:#f96,stroke:#333,stroke-width:2px;
    classDef memory fill:#9cf,stroke:#333,stroke-width:2px;
    
    class P1,P2,P3,PP1,PP2,PP3,TP1,TP2,TP3 processor;
    class M1,M2,M3,SM memory;

図1: マルチプロセッサシステムの結合度による分類

2.2. 処理方式による分類

2.2.1. SMP(Symmetric Multi Processing:対称型マルチプロセッシング)

 SMPでは、同一タイプの複数のプロセッサが対等な関係で共有メモリにアクセスし、同一のオペレーティングシステムの下で動作します。各プロセッサは同じ命令セットを持ち、同等の権限を持っています。負荷分散が容易で、一般的なサーバやワークステーションで広く使用されています。

2.2.2. アレイコンピュータシステム

 アレイコンピュータシステムは、同一の処理を異なるデータに対して並列に実行するSIMD(Single Instruction Multiple Data)方式を採用したシステムです。大量のデータに対して同一の演算を行う処理(画像処理や科学計算など)に適しています。

マルチプロセッサシステムの種類と特徴比較
種類 メモリ構成 通信方式 スケーラビリティ 同期オーバーヘッド 代表的な用途
疎結合 分散メモリ ネットワーク 高い 大きい クラスタシステム、分散処理
密結合 共有メモリ 共有メモリ経由 中程度 小さい マルチコアCPU、SMP
タンデム結合 各段で分離 直列接続 低い 中程度 パイプライン処理
SMP 共有メモリ 共有メモリ経由 中程度 小さい サーバ、ワークステーション
アレイ 共有/分散 SIMD命令 高い(特定処理) 小さい 科学計算、画像処理

表1: マルチプロセッサシステムの種類と特徴比較

2.3. ネットワークトポロジによる分類

 マルチプロセッサシステムでは、プロセッサ間の接続方法(トポロジ)も重要な要素です。

2.3.1. クラスタ

 クラスタは、複数のコンピュータをネットワークで接続し、一体として動作させるシステムです。各ノードが独立したコンピュータであり、障害に対する耐性が高く、スケーラビリティに優れています。高可用性システムやHPC(High Performance Computing)で利用されています。

2.3.2. トーラス

 トーラスは、格子状の接続に加えて端と端を接続した構造を持つトポロジです。各プロセッサが近隣のプロセッサと直接接続され、通信経路の冗長性が確保されています。スーパーコンピュータなどの大規模並列システムで採用されています。

2.3.3. ハイパーキューブ

 ハイパーキューブは、n次元の立方体の頂点にプロセッサを配置し、辺に沿って接続するトポロジです。各プロセッサは最大nのプロセッサと直接接続され、任意の2つのプロセッサ間の最大距離がnとなります。通信効率が高く、スケーラビリティに優れています。

2.3.4. ハイパーツリー

 ハイパーツリーは、ツリー構造にクロスリンクを追加したトポロジです。階層構造を持ちながら、異なる枝のノード間の通信効率を向上させています。

graph TB
    subgraph "クラスタ"
    C1((P1)) --- C2((P2))
    C2 --- C3((P3))
    C3 --- C4((P4))
    C4 --- C1
    C1 --- C3
    C2 --- C4
    end
    
    
    classDef processor fill:#f96,stroke:#333,stroke-width:2px;
    class C1,C2,C3,C4,T1,T2,T3,T4,T5,T6,T7,T8,T9,H1,H2,H3,H4,H5,H6,H7,H8,HT1,HT2,HT3,HT4,HT5,HT6,HT7,HT8,HT9 processor;
graph TB
 
    
    subgraph "トーラス"
    T1((P1)) --- T2((P2)) --- T3((P3))
    T4((P4)) --- T5((P5)) --- T6((P6))
    T7((P7)) --- T8((P8)) --- T9((P9))
    T1 --- T4 --- T7
    T2 --- T5 --- T8
    T3 --- T6 --- T9
    T1 --- T3
    T7 --- T9
    T1 --- T7
    T3 --- T9
    end
    
 
    
    classDef processor fill:#f96,stroke:#333,stroke-width:2px;
    class C1,C2,C3,C4,T1,T2,T3,T4,T5,T6,T7,T8,T9,H1,H2,H3,H4,H5,H6,H7,H8,HT1,HT2,HT3,HT4,HT5,HT6,HT7,HT8,HT9 processor;
graph TB
    
    subgraph "ハイパーキューブ(3次元)"
    H1((P1)) --- H2((P2)) --- H3((P3)) --- H4((P4)) --- H1
    H5((P5)) --- H6((P6)) --- H7((P7)) --- H8((P8)) --- H5
    H1 --- H5
    H2 --- H6
    H3 --- H7
    H4 --- H8
    end
    
    
    classDef processor fill:#f96,stroke:#333,stroke-width:2px;
    class C1,C2,C3,C4,T1,T2,T3,T4,T5,T6,T7,T8,T9,H1,H2,H3,H4,H5,H6,H7,H8,HT1,HT2,HT3,HT4,HT5,HT6,HT7,HT8,HT9 processor;
graph TB
    
    subgraph "ハイパーツリー"
    HT1((P1)) --- HT2((P2)) --- HT3((P3))
    HT1 --- HT4((P4)) --- HT5((P5))
    HT2 --- HT6((P6))
    HT3 --- HT7((P7))
    HT4 --- HT8((P8))
    HT5 --- HT9((P9))
    HT3 -.-> HT6
    HT7 -.-> HT8
    end
    
    classDef processor fill:#f96,stroke:#333,stroke-width:2px;
    class C1,C2,C3,C4,T1,T2,T3,T4,T5,T6,T7,T8,T9,H1,H2,H3,H4,H5,H6,H7,H8,HT1,HT2,HT3,HT4,HT5,HT6,HT7,HT8,HT9 processor;

図2: 代表的なネットワークトポロジ

2.4. マルチプロセッサシステムの課題と解決策

2.4.1. 同期

 マルチプロセッサシステムでは、複数のプロセッサが協調して動作するために、適切な同期メカニズムが必要です。同期が不十分だと、データの不整合やデッドロックなどの問題が生じる可能性があります。セマフォ、ミューテックス、バリア同期などの同期機構が使用されます。

2.4.2. アムダールの法則

 アムダールの法則は、プログラムの並列化による高速化の理論的限界を示す法則です。以下の式で表されます。

S = 1 / [(1-P) + P/N]

ここで、Sは高速化率、Pは並列化可能な部分の割合、Nはプロセッサ数です。この法則によれば、並列化できない部分(1-P)が存在する限り、プロセッサを増やしても得られる高速化には限界があります。

図3: アムダールの法則のグラフ

3. 応用例

3.1. 商用サーバシステム

 エンタープライズサーバでは、SMPアーキテクチャを採用し、複数のCPUコアやソケットを搭載することで、大量のトランザクション処理や仮想化環境での複数のワークロードを効率的に処理しています。Oracle ExadataやIBM Power Systemsなどがこの例です。

3.2. スーパーコンピュータ

 「富岳」や「Summit」などの最先端スーパーコンピュータでは、数千から数百万のプロセッサコアを搭載し、トーラスやハイパーキューブなどの高度なネットワークトポロジを採用しています。気象予測、分子動力学シミュレーション、AI学習などの大規模科学計算に利用されています。

3.3. 高可用性システム

 金融機関や通信事業者などのミッションクリティカルなシステムでは、クラスタ構成のマルチプロセッサシステムを導入し、障害発生時にも継続運用が可能な高可用性を実現しています。

3.4. エッジコンピューティング

 IoTデバイスやエッジサーバでは、省電力性を保ちながら必要な処理性能を確保するために、異なる種類のプロセッサを組み合わせたヘテロジニアスマルチプロセッサシステムが採用されています。

3.5. クラウドコンピューティング

 AWSやGCP、Azureなどのクラウドプロバイダは、複数のプロセッサを効率的に活用するための基盤技術としてマルチプロセッサシステムを採用しています。特に、機械学習ワークロードに対応するためのGPUクラスタや、コンテナ化されたアプリケーションの実行環境として、さまざまな結合形態のマルチプロセッサシステムが利用されています。

4. 例題

例題1

 以下のマルチプロセッサシステムのうち、密結合マルチプロセッサシステムの特徴として最も適切なものはどれか。

  1. 各プロセッサが独自のメモリを持つ
  2. プロセッサ間の通信にネットワークを利用する
  3. 共有メモリを使用してプロセッサ間のデータ共有を行う
  4. スケーラビリティが疎結合システムより高い

 正解はc.です。密結合マルチプロセッサシステムの主な特徴は、複数のプロセッサが共有メモリを使用することです。これにより、プロセッサ間のデータ共有が容易になりますが、メモリアクセスの競合が発生する可能性があります。1と2は疎結合マルチプロセッサシステムの特徴です。4は誤りで、一般的にスケーラビリティは疎結合システムの方が高いとされています。

例題2

 あるプログラムの40%が並列化可能だとします。このプログラムを4プロセッサで実行した場合、アムダールの法則によれば理論上の高速化率はいくらになりますか。

 アムダールの法則の式 S = 1 / [(1-P) + P/N] を使用します。  ここで、P = 0.4(並列化可能な部分の割合)、N = 4(プロセッサ数)とすると、  S = 1 / [(1-0.4) + 0.4/4]  S = 1 / [0.6 + 0.1]  S = 1 / 0.7  S = 1.43  したがって、理論上の高速化率は約1.43倍になります。

例題3

 SMP(Symmetric Multi Processing)の説明として、誤っているものを選びなさい。

  1. 複数のプロセッサが共有メモリを使用する
  2. 各プロセッサは同等の権限を持つ
  3. 異なるタイプのプロセッサを混在させて使用するのが一般的である
  4. 一つのオペレーティングシステムの下で全プロセッサが動作する

 正解はc.です。SMPでは、同一タイプのプロセッサが対等な関係で動作します。異なるタイプのプロセッサを混在させるのは、ヘテロジニアスマルチプロセッシングの特徴です。

例題4

 以下のネットワークトポロジのうち、n次元の立方体の頂点にプロセッサを配置し、任意の2つのプロセッサ間の最大距離がnとなる特徴を持つものはどれか。

  1. クラスタ
  2. トーラス
  3. ハイパーキューブ
  4. ハイパーツリー

 正解はc.です。ハイパーキューブは、n次元の立方体の頂点にプロセッサを配置し、辺に沿って接続するトポロジです。各プロセッサは最大nのプロセッサと直接接続され、任意の2つのプロセッサ間の最大距離がnとなります。

5. まとめ

 マルチプロセッサシステムは、複数のプロセッサを搭載することで高速化や高信頼化を実現するシステムです。結合度によって疎結合、密結合、タンデム結合に分類され、それぞれ特徴が異なります。処理方式としてはSMPやアレイコンピュータシステムなどがあり、ネットワークトポロジとしてはクラスタ、トーラス、ハイパーキューブ、ハイパーツリーなどが存在します。

 マルチプロセッサシステムを設計・活用する際には、同期の確保やアムダールの法則による限界の理解が重要です。現代のサーバシステム、スーパーコンピュータ、高可用性システム、エッジコンピューティングなど、さまざまな分野で応用されています。

 情報処理技術者は、マルチプロセッサシステムの種類や特徴、基盤設計の考え方について理解していることが求められます。特に、システムの要件に応じて適切なマルチプロセッサアーキテクチャを選択できる知識が重要です。性能要件、スケーラビリティ、耐障害性、コストなどの条件を総合的に判断し、最適なシステム構成を提案できることが、求められる能力です。

5.1. 用語解説

  • SMP(Symmetric Multi Processing): 複数の同一タイプのプロセッサが共有メモリを使用する対称型マルチプロセッシング方式
  • 疎結合マルチプロセッサシステム: 各プロセッサが独自のメモリを持ち、ネットワークを介して通信を行うシステム
  • 密結合マルチプロセッサシステム: 複数のプロセッサが共有メモリを使用するシステム
  • タンデム結合マルチプロセッサシステム: プロセッサが直列に接続されたシステム
  • アレイコンピュータシステム: SIMD方式を採用した並列処理システム
  • アムダールの法則: 並列化による高速化の理論的限界を示す法則
  • 同期: 複数のプロセッサ間で処理のタイミングを合わせる機構
  • クラスタ: 複数のコンピュータをネットワークで接続した疎結合システム
  • トーラス: 格子状の接続に端と端を接続したトポロジ
  • ハイパーキューブ: n次元立方体の頂点にプロセッサを配置したトポロジ
  • ハイパーツリー: ツリー構造にクロスリンクを追加したトポロジ

 マルチプロセッサシステムの技術は、クラウドコンピューティングやエッジコンピューティング、AIアクセラレーション基盤など、最新のIT技術の基礎となっています。複雑化・大規模化するシステムを支える重要な基盤技術として、今後もさらなる発展が期待されています。

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