2.1.1. マーケティング分析

1. 概要

 マーケティング分析とは、企業が効果的なマーケティング戦略を立案・実行するために、市場規模、顧客ニーズ、自社の経営資源、業績、競合関係などの要素を客観的に調査・分析する一連のプロセスです。マーケティング分析の主な目的は、市場の現状と動向を正確に把握し、自社のビジネスチャンスと課題を明確にすることで、戦略的な意思決定の基盤を構築することにあります。

 近年のデジタル技術の発展により、より多くのデータがリアルタイムで取得可能になり、マーケティング分析の精度と範囲は飛躍的に向上しています。適切なマーケティング分析を行うことで、企業は限られた経営資源を効果的に配分し、競争優位性を確立することができます。

2. 詳細説明

2.1. マーケティング分析の枠組み

2.1.1. 3C分析(Customer, Competitor, Company)

 3C分析は、マーケティング戦略立案の基本となる分析手法で、顧客(Customer)、競合(Competitor)、自社(Company)の3つの視点から市場環境を総合的に分析します。

  • 顧客(Customer)分析:顧客のニーズ、購買行動、ライフスタイル、価値観などを分析し、市場セグメントやターゲット選定の基礎とします。
  • 競合(Competitor)分析:競合企業の強み・弱み、戦略、市場シェア、商品・サービスの特徴などを分析し、差別化の機会を見出します。
  • 自社(Company)分析:自社の経営資源、強み・弱み、コアコンピタンス、ブランド価値などを分析し、持続可能な競争優位性の源泉を特定します。

図1:3C分析の概念図

2.1.2. マクロ環境分析

 マクロ環境分析は、企業のコントロールが及ばない外部環境要因を分析する手法です。

  • PEST分析
    政治的(Political)、経済的(Economic)、社会的(Social)、技術的(Technological)要因から構成される分析フレームワークです。
  • 文化的環境分析
    消費者の価値観、生活様式、文化的背景などが購買行動に与える影響を分析します。

図2:PEST分析のフレームワーク図

2.2. 市場調査(マーケティングリサーチ)の手法

2.2.1. データ収集手法

 市場調査では、以下のような手法を用いて必要なデータを収集します。

  • 質問法
    アンケート調査やインタビュー調査など、対象者に直接質問することでデータを収集する方法です。
  • 観察法
    消費者の行動を直接観察することでデータを収集する方法です。例えば、店舗内の顧客の動線分析などがあります。
  • 実験法
    特定の条件を設定して、その条件下での消費者行動を測定する方法です。例えば、価格変更の影響を検証する実験などがあります。
主要な市場調査手法の比較表
調査手法 特徴 メリット デメリット 主な適用例
質問法 アンケート、インタビュー、フォーカスグループなどで直接質問する ・大量のデータ収集が可能
・定量的な分析に適している
・比較的低コスト
・回答者の主観に左右される
・実際の行動と回答の乖離
・質問設計の質に依存
・顧客満足度調査
・ニーズ調査
・ブランド認知度調査
観察法 消費者の行動を直接または間接的に観察する ・実際の行動データを取得
・被験者の意識に左右されない
・自然な状況での行動把握
・行動の理由・動機が不明
・データ収集に時間を要する
・分析者のバイアス
・店舗内の顧客動線分析
・ユーザビリティテスト
・Webサイトの閲覧行動
実験法 特定の条件を設定し、条件変更による影響を測定する ・因果関係の検証が可能
・変数のコントロール
・科学的な検証
・コストと時間がかかる
・実験環境の人工性
・外部要因の排除が困難
・価格変更の効果測定
・パッケージデザインテスト
・広告効果測定

表1:主要な市場調査手法の比較表

2.2.2. サンプリング

 サンプリングとは、母集団(全体)から一部を抽出して調査する手法です。無作為抽出法、層化抽出法、多段抽出法などがあります。適切なサンプリング手法を選択することで、コスト効率良く信頼性の高いデータを収集できます。

2.3. データ分析手法

2.3.1. クロス集計

 クロス集計は、2つ以上の変数の関係性を分析する手法です。例えば、年齢層と購買頻度の関係を分析することで、特定の年齢層がどのような購買行動を示すかを把握できます。

2.3.2. 価格感度測定法

 価格感度測定法(PSM:Price Sensitivity Measurement)は、消費者にとっての適正価格帯を測定する手法です。「高すぎる」「安すぎる」「高いが受容できる」「安くて品質に不安がある」などの価格閾値を調査します。

2.3.3. RFM分析(Recency, Frequency, Monetary Analysis)

 RFM分析は、顧客の購買行動を以下の3つの指標で評価する手法です。

  • Recency(最新購買日):最後に購入してからの経過期間
  • Frequency(購買頻度):一定期間内の購入回数
  • Monetary(購買金額):一定期間内の購入金額の合計

 これらの指標を組み合わせて顧客をセグメント化し、それぞれのセグメントに適したマーケティング施策を展開します。

図3:RFM分析のマトリクス図

2.4. 消費者行動モデル

2.4.1. AIDMA

 AIDMA(アイドマ)は、消費者の購買意思決定プロセスを表すモデルで、以下の段階で構成されます。

  • Attention(注意):商品やサービスに気づく
  • Interest(関心):興味を持つ
  • Desire(欲求):欲しいと思う
  • Memory(記憶):記憶に留める
  • Action(行動):購入行動を起こす

 このモデルを理解することで、消費者の購買プロセスの各段階に応じたマーケティング施策を設計できます。

図4:AIDMA消費者行動モデルの流れ図

2.5. 市場戦略立案のためのフレームワーク

2.5.1. STPアプローチ

 STPアプローチは、市場を細分化し、ターゲットを選定し、自社製品・サービスの位置づけを明確にするアプローチです。

  • セグメンテーション(Segmentation)
    市場を地理的、人口統計的、心理的、行動的特性などの基準で細分化します。
  • ターゲティング(Targeting)
    セグメント化された市場の中から、自社が注力すべきターゲット市場を選定します。
  • ポジショニング(Positioning)
    選定したターゲット市場において、競合との差別化を図るために、自社製品・サービスの独自の位置づけを確立します。

図5:STPアプローチの流れ図

3. 応用例

3.1. 自動車メーカーの市場分析事例

 ある自動車メーカーが新型電気自動車の開発・販売を検討しています。マーケティング分析のアプローチは以下のようになります。

  1. 3C分析
    • Customer:環境意識の高い消費者層、通勤用二台目需要の家庭などの特性分析
    • Competitor:既存電気自動車メーカーの製品特性、価格戦略、販売チャネルの分析
    • Company:自社の技術力、ブランド力、販売ネットワークなどの分析
  2. マクロ環境分析(PEST分析)
    • Political:電気自動車に関する補助金制度、環境規制の動向分析
    • Economic:燃料価格の動向、消費者の経済状況分析
    • Social:環境意識の高まり、持続可能性への関心の変化分析
    • Technological:バッテリー技術の進化、自動運転技術の発展分析
  3. 市場調査の実施
    • 質問法:潜在顧客へのアンケート調査、フォーカスグループインタビュー
    • 観察法:ショールームでの顧客行動観察
    • 実験法:様々な価格設定での購買意向調査
  4. データ分析
    • クロス集計:年収と電気自動車購入意向の関係分析
    • 価格感度測定法:適正価格帯の特定
    • RFM分析:既存顧客の中での優良顧客特性分析
  5. STPアプローチの適用
    • セグメンテーション:年齢、所得、環境意識などで市場を細分化
    • ターゲティング:都市部の30〜40代、高所得、環境意識の高い層を選定
    • ポジショニング:「高性能かつエコフレンドリーな次世代モビリティ」として位置づけ

3.2. EC事業者のオンラインマーケティング分析事例

 あるEC事業者が自社サイトの売上向上を目指しています。マーケティング分析を以下のように実施します。

  1. 消費者行動モデル(AIDMA)の適用
    • Attention:SEO対策、SNS広告などで認知度向上
    • Interest:商品詳細情報、レビュー機能の充実
    • Desire:限定商品、タイムセールなどの導入
    • Memory:メールマガジン、リターゲティング広告の活用
    • Action:購入プロセスの簡素化、多様な決済手段の提供
  2. RFM分析による顧客セグメンテーション
    • 最優良顧客(高R, 高F, 高M):VIP向けサービスの提供
    • 一見客(高R, 低F, 低M):リピート購入促進キャンペーン
    • 流出傾向顧客(低R, 高F, 高M):再訪促進メールの送信

4. 例題

例題1

 あるスポーツ用品メーカーがランニングシューズの新製品を開発するにあたり、マーケティング分析を行うことになりました。以下の設問に答えてください。

(1) このメーカーが3C分析を行う際、Customer分析で明らかにすべき項目を3つ挙げ、その理由を説明してください。

(2) PEST分析の「S(Social)」の観点から、ランニングシューズ市場に影響を与える可能性のある社会的要因を2つ挙げてください。

(3) 市場調査において質問法と観察法を併用することの利点を説明してください。

(1) Customer分析で明らかにすべき項目

  • ランナーの年齢層と性別分布:ターゲットとなる顧客層の基本属性を把握し、製品設計や販促活動の基礎とするため。
  • ランニングの目的(健康維持、競技志向など):顧客のニーズに合わせた機能や価値提案を行うため。
  • 購入時の重視点(機能性、デザイン、価格など):製品開発の優先事項を明確にするため。

(2) PEST分析のSocial要因

  • 健康志向の高まり:コロナ禍以降の健康意識の向上により、運動としてのランニング人口が増加している。
  • サステナビリティへの関心:環境に配慮した素材や製造方法への消費者の関心が高まっており、エコフレンドリーな製品への需要が増している。

(3) 質問法と観察法の併用の利点
 質問法では消費者の意識や意向を直接聞くことができますが、実際の行動とは乖離が生じることがあります。一方、観察法では実際の購買行動や使用状況を客観的に把握できますが、その背景にある意識は把握できません。両者を併用することで、「言っていること」と「実際にしていること」のギャップを分析でき、より正確な顧客理解が可能になります。

例題2

 ある化粧品会社が、新たなスキンケア製品ラインの導入を検討しています。RFM分析の結果、以下の顧客セグメントが抽出されました。

  • セグメントA:R=高(1ヶ月以内)、F=高(月2回以上)、M=高(平均購入額1万円以上)
  • セグメントB:R=高(1ヶ月以内)、F=低(年数回)、M=高(平均購入額1万円以上)
  • セグメントC:R=低(6ヶ月以上前)、F=高(以前は月2回以上)、M=高(平均購入額1万円以上)

(1) 各セグメントの特徴と、それぞれに対して効果的なマーケティング施策を提案してください。

(2) 新製品ラインの価格設定のために価格感度測定法を実施する際の質問項目を4つ挙げてください。

(1) 各セグメントの特徴とマーケティング施策:

  • セグメントA(優良顧客): 特徴:高頻度・高額購入の最優良顧客層 施策:新製品の先行案内や限定サンプル提供、ロイヤルティプログラムの強化、パーソナライズされたVIP特典の提供
  • セグメントB(高単価スポット購入層): 特徴:必要に応じて高額購入するが、購入頻度は低い層 施策:定期購入プランの提案、関連商品のクロスセル、来店・購入頻度を高めるポイントプログラム
  • セグメントC(休眠優良顧客): 特徴:以前は優良顧客だったが、最近購入していない流出リスク層 施策:再訪促進キャンペーン、カムバック特典の提供、顧客離反理由のアンケート調査

表2:価格感度測定法の質問項目と価格帯の関係図

(2) 価格感度測定法の質問項目を4つ挙げてください。

  • この製品がいくらだと「高すぎて購入を検討しない」と感じますか?
  • この製品がいくらだと「品質に不安を感じるほど安い」と感じますか?
  • この製品がいくらだと「高いが品質を考えると購入する価値がある」と感じますか?
  • この製品がいくらだと「品質に対して適正な価格」だと感じますか?

5. まとめ

 マーケティング分析は、市場規模、顧客ニーズ、自社の経営資源、業績、競合関係などの要素を客観的に調査・分析することで、効果的なマーケティング戦略の立案・実行を支援する重要なプロセスです。

 具体的な分析手法としては、3C分析(Customer, Competitor, Company)やマクロ環境分析(PEST分析、文化的環境)などの分析フレームワーク、質問法・観察法・実験法などの市場調査(マーケティングリサーチ)手法、クロス集計・価格感度測定法・RFM分析などのデータ分析手法があります。また、消費者行動モデル(AIDMA)の理解や、セグメンテーション・ターゲティング・ポジショニングといったSTPアプローチの適用も重要です。

 マーケティング分析を適切に実施することで、企業は顧客ニーズを的確に把握し、競合との差別化を図り、自社の強みを活かした効果的なマーケティング戦略を展開することができます。情報処理技術の発展により、より高度なデータ分析が可能になっている現在、マーケティング担当者にはこれらの分析手法を理解し、活用する能力がますます求められています。

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