3.2.7. 契約締結

1. 概要

 契約締結は、システム調達プロセスにおける重要な最終段階です。ベンダー選定後、発注側企業とベンダー企業の間で納入システム、費用、納入時期、両者の役割分担などを明確にし、法的拘束力のある契約を結ぶプロセスを指します。この段階は、後のシステム開発やサービス提供における両者の責任範囲を明確にし、トラブル発生時の対応方法を定める重要なステップとなります。適切な契約締結によって、プロジェクトの成功確率を高め、リスクを軽減することができます。

2. 詳細説明

2.1. 契約の種類と特徴

2.1.1. 請負契約

 請負契約は、ベンダーが特定の成果物(システム)を納品することを約束する契約形態です。成果物の完成責任はベンダー側にあり、発注側は完成した成果物に対して対価を支払います。システム開発では、要件が明確に定義できる場合に適しています。

2.1.2. (準)委任契約

 (準)委任契約は、ベンダーが善良な管理者の注意義務をもって業務を遂行することを約束する契約形態です。成果物の完成責任は発注側にあり、ベンダーは業務遂行のプロセスに対して責任を負います。要件が流動的な場合や継続的な保守・運用業務に適しています。

2.1.3. 知的財産権利用許諾契約

 システム開発において作成されたソフトウェアやドキュメントなどの知的財産権の帰属や利用条件を定める契約です。ソフトウェア使用許諾契約やライセンス契約などがこれに該当します。

契約形態 特徴 成果物責任 適用場面 リスク
請負契約 成果物の完成を約束 ベンダー側 要件が明確な場合 要件変更への対応が困難
(準)委任契約 プロセスの遂行を約束 発注側 要件が流動的な場合 コスト管理が困難な場合がある
知的財産権利用許諾契約 知的財産の利用条件を規定 パッケージ利用、SaaS利用など 利用範囲の制限

表1: 契約形態の比較表

2.2. 契約金額の形態

2.2.1. 定額契約

 定額契約は、契約時に総額を確定し、その金額でプロジェクトを完了させる契約形態です。発注側にとっては予算管理がしやすいメリットがありますが、要件変更があった場合は別途交渉が必要となります。例えば、5,000万円で基幹システムを6か月で開発するという契約などが該当します。

2.2.2. 実費償還契約

 ベンダーの実際の作業コストに一定の利益を上乗せして支払う契約形態です。主に以下の2種類があります。

  • CPIF(Cost Plus Incentive Fee):コスト削減のインセンティブを設定。例えば、予定コスト3,000万円に対し、実際のコストが2,800万円だった場合、差額の200万円の50%(100万円)をベンダーに追加報酬として支払うなど。
  • CPFF(Cost Plus Fixed Fee):固定手数料を設定。例えば、実際の開発コストに加えて、固定で20%の利益を上乗せするなど。

2.2.3. Time&Material契約

 工数(人月)と材料費に基づいて料金を算出する契約形態です。実際に発生した工数に応じて支払いが発生するため、開発規模が不明確な場合に適しています。例えば、システムエンジニア1人月あたり150万円、プログラマー1人月あたり100万円という単価設定で、実際に投入された工数に応じて支払うなどの形態です。

金額形態 特徴 メリット デメリット 適用場面
定額契約 総額を事前に確定 予算管理がしやすい 要件変更に弱い 要件が確定している場合
実費償還契約(CPIF) コスト+インセンティブ コスト削減動機付け 上限管理が必要 規模が大きく不確実性がある場合
実費償還契約(CPFF) コスト+固定手数料 ベンダーリスク低減 コスト増大リスク 高度な専門性が必要な場合
Time&Material契約 工数ベースの課金 柔軟性が高い 総額が予測しにくい 要件が流動的な場合

表2: 契約金額形態の比較表

2.3. ライセンスに関する契約形態

2.3.1. ソフトウェア使用許諾契約

 パッケージソフトウェアなどの使用条件や範囲を定める契約です。使用期間、利用者数、インストール可能な端末数などの制限が含まれます。例えば、「年間ライセンス料300万円で、同時接続ユーザー100名まで利用可能」などの条件が設定されます。

2.3.2. ランニングロイヤリティ

 ソフトウェアの使用量や売上に応じて継続的に支払う使用料金です。例えば、ユーザー数に応じた従量課金(1ユーザーあたり月額1,000円)や売上の一定割合(売上の3%)を支払うモデルなどがあります。

2.3.3. レベニューシェア

 ソフトウェアやシステムの利用によって得られる収益を発注者とベンダーで分配する契約形態です。特にサービス提供型のビジネスモデルで採用されることが多いです。例えば、ECサイトの売上の5%をシステム提供ベンダーに支払うなどの契約形態があります。

2.3.4. サブライセンス

 ライセンシーが第三者にソフトウェアの使用を許諾する権利です。契約時にサブライセンスの可否や条件を明確にすることが重要です。例えば、親会社が取得したライセンスを子会社でも利用できるようにする場合などに必要となります。

2.3.5. グラントバック

 ライセンシーが許諾された技術を改良した場合、その改良技術をライセンサーに許諾する義務を定める条項です。例えば、顧客がパッケージソフトをカスタマイズして機能を追加した場合、その機能をベンダーが他の顧客向けにも提供できる権利を確保するような条項です。

2.4. 契約締結のプロセス

2.4.1. 契約交渉

 選定したベンダーと契約内容について詳細を協議します。納入システムの仕様、費用、納期、役割分担、知的財産権の帰属、保証内容、違約金などについて合意を形成します。例えば、「開発費用5,000万円、納期6か月、知的財産権はベンダーに帰属するが発注側に使用権を許諾する」などの条件を交渉します。

2.4.2. 契約書の作成

 経済産業省が公開している「ソフトウェア開発委託モデル契約」や「情報システム・モデル取引・契約書」などを参考に、契約書を作成します。これらのモデル契約書は、IT業界における公正な契約関係の構築を目的としています。具体的には、成果物の定義、納期、契約金額、支払条件、知的財産権の帰属、瑕疵担保責任、秘密保持義務などの条項を含みます。

2.4.3. 契約書のレビュー

 法務部門や外部の法律専門家によるレビューを受け、法的リスクを最小化します。特に知的財産権、瑕疵担保責任、損害賠償条項などは慎重に確認すべき重要事項です。例えば、損害賠償の上限を契約金額の範囲内に制限する条項や、第三者の権利侵害に関する保証条項などをチェックします。

2.4.4. 契約の締結

 両者が合意した内容で契約書に署名・捺印し、契約を締結します。電子契約システムを利用する場合は、電子署名による締結も可能です。締結後は、契約書を安全に保管し、必要に応じて参照できるようにします。

flowchart TD
    A[ベンダー選定] --> B[契約交渉]
    B --> C[契約書作成]
    C --> D[法務レビュー]
    D --> E[契約締結]
    E --> F[プロジェクト開始]

図1: 契約締結プロセスのフロー図

flowchart TD
    A{要件は明確か?} -->|Yes| B{成果物の完成責任を
ベンダーに持たせたいか?}
    A -->|No| E[準委任契約] --> F[Time&Material契約]
    B -->|Yes| C[請負契約]
    B -->|No| E
    C --> D{予算確定しているか?}
    D -->|Yes| G[定額契約]
    D -->|No| H[実費償還契約]
    E --> I{工数管理を
厳密に行いたいか?}
    I -->|Yes| F
    I -->|No| G

図2: 契約形態選択の意思決定フロー

3. 応用例

3.1. 企業間システム開発における契約締結事例

 A社はB社に基幹システムの開発を委託することになりました。システムの要件が明確であり、成果物の完成責任をB社に持たせたいため、請負契約を選択しました。契約金額は定額契約とし、総額8,000万円、開発期間8か月と設定しました。知的財産権はB社に帰属させる代わりに、A社には当該システムを自社内で永続的に使用・改変できる権利(ライセンス契約)を付与することで合意しました。また、保守・運用フェーズでは準委任契約に切り替え、Time&Material契約による月額料金体系(SE 1名常駐で月額150万円)を採用しました。契約書の作成には「ソフトウェア開発委託モデル契約」を参考に、瑕疵担保期間を1年間と定め、損害賠償の上限は契約金額の範囲内としました。

3.2. パッケージソフトウェア導入における契約締結事例

 C社はD社のERPパッケージを導入することになりました。ソフトウェア使用許諾契約を締結し、同時接続ユーザー200名までという制限で、年間ライセンス料2,000万円というライセンス契約としました。また、年間売上の0.5%(上限5,000万円)をランニングロイヤリティとして支払う契約条件としました。カスタマイズについては実費償還契約(CPIF)を採用し、予定コスト3,000万円に対して節約できた金額の30%をインセンティブとしてD社に支払うコスト削減インセンティブを設定。また、C社が行ったカスタマイズの著作権はC社に帰属するものの、D社へのグラントバック条項を設け、D社が他の顧客向けに機能を提供できるようにしました。契約期間は5年間とし、更新時には再度交渉することを条件としました。

3.3. SaaS導入における契約締結事例

 E社はF社のSaaS型マーケティングツールを導入しました。月額固定料金(基本料50万円)と利用量に応じた従量課金(1,000アクセスごとに1万円追加)のハイブリッド型の契約を締結。E社の子会社5社も利用できるようサブライセンス条項を含め、E社グループ全体での利用が可能となりました。また、F社のツールを使ってE社が開発したマーケティングキャンペーンの収益の一部(売上の3%)をF社に支払うレベニューシェア契約も含まれています。セキュリティ要件として、F社はISO27001認証を取得していることを条件とし、年に1回のセキュリティ監査の実施と結果の共有を義務付けました。契約期間は3年間で、解約の際は6か月前の事前通知が必要という条件でした。

4. 例題

例題1

 あるシステム開発プロジェクトにおいて、開発ベンダーと契約を締結する際、初期の要件定義が不明確であり、開発途中での要件変更が見込まれる場合、最も適切な契約形態はどれか。

  1. 請負契約 + 定額契約
  2. 請負契約 + 実費償還契約(CPIF)
  3. 準委任契約 + Time&Material契約
  4. 準委任契約 + 定額契約

【解答】 3. 準委任契約 + Time&Material契約

【解説】  要件が不明確で変更が見込まれる場合、成果物の完成責任を発注側が持つ準委任契約が適しています。また、実際に発生した工数に応じて支払いを行うTime&Material契約を組み合わせることで、要件変更に柔軟に対応できます。請負契約では要件変更のたびに契約変更が必要となり、定額契約では総額の変更交渉が必要となるため、柔軟性に欠けます。

例題2

 パッケージソフトウェアの導入契約において、以下の記述のうち誤っているものはどれか。

  1. ソフトウェア使用許諾契約は、パッケージソフトウェアの利用条件を定める契約である。
  2. ランニングロイヤリティは、ソフトウェアの利用量や収益に応じて継続的に支払う使用料である。
  3. サブライセンスの権利があれば、契約書に明記されていなくても自動的に第三者への再許諾が可能となる。
  4. グラントバック条項は、ライセンシーがソフトウェアを改良した場合、その改良技術をライセンサーに許諾する義務を定める。

【解答】 3. サブライセンスの権利があれば、契約書に明記されていなくても自動的に第三者への再許諾が可能となる。

【解説】  サブライセンスの権利は、契約書に明示的に規定されなければ認められません。第三者への再許諾権は、契約書で明確に定められた場合にのみ発生します。1、2、4はそれぞれソフトウェア使用許諾契約、ランニングロイヤリティ、グラントバック条項の正しい説明です。

例題3

 ソフトウェア開発委託の契約締結に関する次の記述のうち、最も適切なものはどれか。

  1. 情報システム・モデル取引・契約書は、小規模な受託開発においても必ず使用すべきである。
  2. 知的財産権は常にベンダー側に帰属させるべきである。
  3. 実費償還契約(CPFF)は、発注側にとってコスト管理が難しいため避けるべきである。
  4. 契約締結前に納入システム、費用、納期、役割分担などについて明確に合意しておくことが重要である。

【解答】 4. 契約締結前に納入システム、費用、納期、役割分担などについて明確に合意しておくことが重要である。

【解説】  契約締結の目的は、両者の合意事項を法的に拘束力のある形で明文化することです。そのため、契約締結前に納入システム、費用、納期、役割分担などについて明確に合意しておくことが極めて重要です。1は必ずしも小規模案件で使用する必要はなく、2と3は状況によって適切な選択が異なります。知的財産権の帰属や契約形態は、プロジェクトの特性や両者の関係性によって最適な選択肢を検討すべきものです。

5. まとめ

 契約締結は、システム調達プロセスの重要な最終段階であり、発注側とベンダー側の権利義務関係を明確にするものです。契約の種類としては請負契約と(準)委任契約、契約金額の形態としては定額契約、実費償還契約(CPIF、CPFF)、Time&Material契約などがあります。また、ソフトウェアの知的財産権に関しては、ソフトウェア使用許諾契約、ライセンス契約、ランニングロイヤリティ、レベニューシェア、サブライセンス、グラントバックなどの概念が重要です。

 契約締結に際しては、経済産業省が公開している「ソフトウェア開発委託モデル契約」や「情報システム・モデル取引・契約書」を参考にすることで、公正かつ適切な契約を結ぶことができます。最終的には、納入システム、費用、納入時期、発注元とベンダー企業の役割分担などについて明確に合意し、それを契約書として文書化することが、プロジェクトの成功とリスク軽減につながります。

 特に、契約形態の選択にあたっては、プロジェクトの特性(要件の明確さ、変更の可能性など)に応じて適切な形態を選ぶことが重要です。例えば、要件が明確であれば請負契約と定額契約の組み合わせが適していますが、要件が流動的であれば準委任契約とTime&Material契約の組み合わせが適しています。また、知的財産権の帰属や利用条件も、ビジネスモデルや将来の展開を考慮して慎重に決定すべき重要事項です。

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