1. 概要
企業経営システムのモデルとは、企業の経営活動を効率的かつ効果的に行うための枠組みを示したものです。情報システム戦略においては、企業全体の経営戦略を支援するためのモデルとして、ビジネスモデル、業務モデル、情報システムモデルという3つの階層的なモデルが重要視されています。これらのモデルを理解することで、企業の目標達成に貢献する情報システムの構築が可能となります。
情報システム戦略におけるモデルの重要性は、企業全体の経営戦略と情報システムを整合させることにあります。適切なモデル設計により、企業の競争優位性を高め、業務効率化やコスト削減、顧客満足度の向上などの経営目標の達成が促進されます。
2. 詳細説明
2.1. ビジネスモデル
ビジネスモデルとは、企業がどのように価値を創造し、顧客に提供し、収益を上げるかを示す概念的な枠組みです。簡単に言えば「どのようにして儲けるか」を表現したモデルです。以下の要素から構成されます:
- 顧客セグメント:ターゲットとする顧客層
- 価値提案:顧客に提供する価値
- チャネル:顧客とのコミュニケーション・販売経路
- 顧客関係:顧客との関係性の構築・維持方法
- 収益の流れ:収益を生み出す仕組み
- 主要リソース:必要な経営資源
- 主要活動:必要な活動
- パートナーシップ:ビジネスパートナーとの関係
- コスト構造:事業運営にかかるコスト
代表的なビジネスモデルの例として、アレックス・オスターワルダーとイヴ・ピニュールによって提案された「ビジネスモデル・キャンバス」があります。これは上記の9つの要素を一枚のキャンバスに整理し、ビジネスモデル全体を俯瞰できるようにしたものです。
その他の代表的なビジネスモデルのフレームワークとしては、マイケル・ポーターによる「バリューチェーンモデル」があります。これは企業の活動を主活動(購買物流、製造、出荷物流、マーケティング・販売、サービス)と支援活動(全般管理、人事・労務管理、技術開発、調達活動)に分類し、各活動が価値創造にどう貢献するかを分析するモデルです。
主要サプライヤーは誰か
パートナーから得るリソースは何か
販売チャネルに必要な活動は何か
どのような問題を解決するか
どのようなニーズを満たすか
顧客はどのような関係を期待するか
最も重要な顧客は誰か
ターゲット市場は何か
必要な物的・知的資産は何か
どのチャネルが最も効果的か
最もコストがかかるリソースと活動は何か
固定費と変動費の比率はどうなっているか
どのように支払うか
収益モデルはどうなっているか
図1: ビジネスモデル・キャンバスの概略図
2.2. 業務モデル
業務モデルとは、ビジネスモデルを実現するために必要な企業内の業務プロセスや組織構造を表現したモデルです。企業全体の業務の流れや各部門の役割、責任分担などを定義します。業務モデルには以下のような要素が含まれます:
- 業務プロセス:業務の流れと手順
- 組織構造:企業の部門構成と階層
- 役割と責任:各部門・担当者の役割と責任
- 業務ルール:業務遂行上のルールや制約条件
- パフォーマンス指標:業務の評価指標
業務モデルの表現方法としては、BPMN(Business Process Model and Notation)やEPC(Event-driven Process Chain)などの業務プロセスモデリング手法が用いられます。これらを用いることで、複雑な業務プロセスを視覚的に表現し、分析・改善を行うことができます。
flowchart LR subgraph 受注プロセス Start([開始]) --> A{受注確認} A -->|在庫あり| B[注文処理] A -->|在庫なし| C[発注処理] C --> D[入荷待ち] D --> B B --> E[梱包] E --> F[配送手配] F --> G[配送] G --> End([終了]) end subgraph アクター direction TB 顧客 --- 営業部門 営業部門 --- 物流部門 物流部門 --- 配送業者 end 顧客 -.->|注文| Start 営業部門 -.->|処理| A & B 物流部門 -.->|処理| C & D & E & F 配送業者 -.->|処理| G End -.->|商品到着| 顧客 classDef process fill:#bbdefb,stroke:#1976d2,stroke-width:2px classDef gateway fill:#ffe0b2,stroke:#e65100,stroke-width:2px classDef start fill:#c8e6c9,stroke:#388e3c,stroke-width:2px classDef endd fill:#ffcdd2,stroke:#d32f2f,stroke-width:2px classDef actor fill:#f5f5f5,stroke:#616161,stroke-width:1px class A gateway class B,C,D,E,F,G process class Start start class End endd
図2: BPMNによる業務プロセスモデルの例
2.3. 情報システムモデル
情報システムモデルとは、ビジネスモデルと業務モデルを支援するための情報システムの構造や機能を表現したモデルです。情報の流れやデータ構造、システム間の連携などを定義します。情報システムモデルには以下のような要素が含まれます:
- システム構成:ハードウェア、ソフトウェア、ネットワークの構成
- データモデル:扱うデータの構造と関連性
- 機能モデル:システムが提供する機能
- 情報の流れ:情報の入出力と処理の流れ
- インターフェース:ユーザーや他システムとの接点
情報システムモデルの表現方法としては、UML(Unified Modeling Language)やDFD(Data Flow Diagram)などのモデリング手法が用いられます。これらを用いることで、情報システムの設計・開発・運用を効率的に行うことができます。
2.4. モデル間の関連性
ビジネスモデル、業務モデル、情報システムモデルは階層的な関係にあり、上位のモデルが下位のモデルを規定する形になっています。
- ビジネスモデルは企業の「何をするか」「どう稼ぐか」を定義
- 業務モデルはビジネスモデルに基づいて「どのように実行するか」を定義
- 情報システムモデルは業務モデルを支援するために「どのようなシステムで支えるか」を定義
これら3つのモデルの整合性を確保することが、情報システム戦略の成功に不可欠です。整合性がない場合、以下のような問題が生じる可能性があります:
- ビジネスモデルと業務モデルの不整合:新しい収益モデルを導入したが、それを支える業務プロセスが整備されていない
- 業務モデルと情報システムモデルの不整合:業務プロセスの変更に情報システムが対応できず、手作業での補完が必要になる
- ビジネスモデルと情報システムモデルの不整合:経営戦略の変更に情報システムが追いつかず、競争力の低下を招く
例えば、オムニチャネル戦略を進める小売企業で、ビジネスモデルでは「どのチャネルからでも同一の顧客体験」を掲げているにもかかわらず、実際の情報システムでは店舗とECサイトの顧客データが別々に管理されているような場合、モデル間の不整合が存在することになります。
flowchart TD subgraph 階層的関係 A[ビジネスモデル] -->|規定する| B[業務モデル] B -->|規定する| C[情報システムモデル] end subgraph ビジネスモデルの役割 A1[何をするか] A2[どう稼ぐか] A3[どんな価値を提供するか] end subgraph 業務モデルの役割 B1[どのように実行するか] B2[業務プロセスの定義] B3[組織間の連携方法] end subgraph 情報システムモデルの役割 C1[どのようなシステムで支えるか] C2[システム構成の設計] C3[データと処理の流れの定義] end A -.-> A1 A -.-> A2 A -.-> A3 B -.-> B1 B -.-> B2 B -.-> B3 C -.-> C1 C -.-> C2 C -.-> C3 classDef bizModel fill:#ff9999,stroke:#333,stroke-width:2px classDef opModel fill:#99ff99,stroke:#333,stroke-width:2px classDef sysModel fill:#9999ff,stroke:#333,stroke-width:2px class A,A1,A2,A3 bizModel class B,B1,B2,B3 opModel class C,C1,C2,C3 sysModel
図3: 企業経営システムの3つのモデルの階層関係図
項目 | ビジネスモデル | 業務モデル | 情報システムモデル |
---|---|---|---|
目的 | 企業の価値創造と収益獲得の仕組みを定義 | ビジネスモデルを実現するための業務プロセスを定義 | 業務モデルを支援するための情報システムを定義 |
主な要素 | 顧客セグメント、価値提案、収益の流れ、チャネル、顧客関係、主要リソース、主要活動など | 業務プロセス、組織構造、役割と責任、業務ルール、パフォーマンス指標など | システム構成、データモデル、機能モデル、情報の流れ、インターフェースなど |
主な表現手法 | ビジネスモデル・キャンバス、バリューチェーンモデルなど | BPMN、EPC、組織図など | UML、DFD、ER図など |
検討の視点 | 戦略的視点(何をするか、どう稼ぐか) | 運用的視点(どのように実行するか) | システム的視点(どのようなシステムで支えるか) |
主な担当者 | 経営層、事業責任者 | 業務部門管理者、業務改革担当者 | IT部門、システム設計者 |
設計サイクル | 中長期(3〜5年) | 中期(1〜3年) | 短中期(半年〜2年) |
表1: 3つのモデルの主な特徴比較表
3. 応用例
3.1. ECサイト運営企業の例
あるアパレル企業がオンラインショップを展開する場合の各モデルの例は以下のようになります:
ビジネスモデル:
- 顧客セグメント:20〜30代の女性
- 価値提案:トレンドを取り入れた高品質な衣料品をリーズナブルな価格で提供
- 収益の流れ:商品販売、定期購入サービス
業務モデル:
- 商品企画プロセス:トレンド分析→デザイン→製造→品質チェック
- 販売プロセス:商品登録→在庫管理→受注→発送→アフターサービス
- 顧客管理プロセス:会員登録→購買履歴管理→顧客分析→マーケティング
情報システムモデル:
- EC基幹システム:商品管理、受注管理、在庫管理
- CRMシステム:顧客情報管理、購買履歴分析
- マーケティングシステム:レコメンデーション、キャンペーン管理
- 会計システム:売上管理、経費管理
これらのモデルが整合性を持って設計・運用されることで、企業の経営戦略に沿った効果的な情報システムが構築されます。
flowchart TD subgraph BM[ビジネスモデル] BM1[顧客セグメント:
20〜30代女性] BM2[価値提案:
トレンド×高品質×リーズナブル] BM3[収益の流れ:
商品販売・定期購入] end subgraph OM[業務モデル] OM1[商品企画プロセス] OM2[販売プロセス] OM3[顧客管理プロセス] end subgraph IM[情報システムモデル] IM1[EC基幹システム] IM2[CRMシステム] IM3[マーケティングシステム] IM4[会計システム] end BM --> OM OM --> IM %% 詳細な関連性 BM1 -.-> OM3 BM2 -.-> OM1 BM3 -.-> OM2 OM1 -.-> IM1 OM2 -.-> IM1 OM2 -.-> IM4 OM3 -.-> IM2 OM3 -.-> IM3 classDef bmClass fill:#ff9999,stroke:#333,stroke-width:1px; classDef omClass fill:#99ff99,stroke:#333,stroke-width:1px; classDef imClass fill:#9999ff,stroke:#333,stroke-width:1px; class BM,BM1,BM2,BM3 bmClass; class OM,OM1,OM2,OM3 omClass; class IM,IM1,IM2,IM3,IM4 imClass;
図4: ECサイト運営企業の3つのモデル関連図
3.2. 製造業の例
製造業企業がグローバル展開する場合の各モデルの例:
ビジネスモデル:
- グローバルな製品供給と現地ニーズへの対応
- 高度な技術力による差別化
- グローバルサプライチェーンによるコスト競争力
業務モデル:
- グローバル統合生産計画プロセス
- 地域別マーケティング・販売プロセス
- 集中購買と地域調達の最適化プロセス
情報システムモデル:
- グローバルERP:本社での統合管理
- 地域別CRM:顧客ニーズの地域別把握
- SCM(サプライチェーン管理)システム:在庫最適化
- グローバル統合データベース:情報の一元管理
こうした多層的なモデル設計により、グローバル戦略と地域戦略のバランスを取った情報システム構築が可能になります。
3.3. DX(デジタルトランスフォーメーション)における3つのモデルの関係性
近年注目されているDXの文脈では、3つのモデルはさらに密接に関連しています。DXでは、デジタル技術を活用して既存のビジネスモデルを変革することが求められますが、そのためには以下のようなアプローチが必要です:
ビジネスモデル変革:
- データを活用した新たな価値創出
- プラットフォームビジネスへの移行
- サブスクリプションモデルの導入
業務モデル変革:
- エンドツーエンドのデジタル化
- アジャイルな業務プロセスの導入
- 部門間の壁を取り払った横断的プロセス設計
情報システムモデル変革:
- クラウドネイティブアーキテクチャの採用
- APIを活用したシステム連携
- データレイクの構築とAI/ML基盤の整備
DXの成功には、これら3つのモデルを同時並行で変革していくことが不可欠です。技術だけでなく、ビジネスモデルや業務モデルも含めた全体最適の視点が重要となります。
4. 例題
例題1
A社は新たにサブスクリプションサービスを展開しようとしています。情報システム部門の責任者として、ビジネスモデル、業務モデル、情報システムモデルの観点から検討すべき事項を述べなさい。
ビジネスモデルの観点:
- サブスクリプションの価格設定と収益構造
- 顧客に提供する価値の明確化
- 既存事業との相乗効果
- 競合他社との差別化ポイント
業務モデルの観点:
- サブスクリプション管理プロセスの設計
- 顧客サポート体制の構築
- 契約更新・解約プロセスの整備
- 部門間の連携体制
情報システムモデルの観点:
- サブスクリプション管理システムの構築
- 課金システムとの連携
- 顧客データベースの拡張
- 利用状況分析・レポーティング機能の実装
例題2
以下の記述について、適切なものには○、不適切なものには×を付け、不適切な場合は正しい内容を述べなさい。
- ビジネスモデルと情報システムモデルは独立して設計すべきである。
- 業務モデルの変更は、情報システムモデルに影響を与えることが多い。
- 情報システムモデルは、技術的な要素のみを考慮して設計する。
- ビジネスモデル、業務モデル、情報システムモデルは階層構造を成している。
- × ビジネスモデルと情報システムモデルは独立ではなく、密接に関連しており、ビジネスモデルを支援する形で情報システムモデルを設計すべきである。
- ○ 業務モデルの変更は、それを支援する情報システムモデルにも影響を与えることが多い。
- × 情報システムモデルは、技術的な要素だけでなく、ビジネス要件や業務要件も考慮して設計する必要がある。
- ○ ビジネスモデル、業務モデル、情報システムモデルは階層構造を成しており、上位のモデルが下位のモデルを規定する関係にある。
例題3
B社はオムニチャネル戦略を強化するために情報システムの再構築を検討しています。この際に考慮すべきビジネスモデル、業務モデル、情報システムモデルの関係性について説明しなさい。
オムニチャネル戦略強化において、3つのモデルは次のような関係で検討する必要があります。
まず、ビジネスモデルでは、実店舗とオンラインの融合による新たな顧客価値の創出、チャネル間の相乗効果による収益向上の仕組みを定義します。例えば、「どのチャネルからでも同じ顧客体験を提供する」「チャネル間の在庫情報の共有による機会損失の最小化」などの戦略を明確にします。
次に、業務モデルでは、ビジネスモデルを実現するための具体的な業務プロセスを設計します。例えば、「店舗在庫とオンライン在庫の統合管理プロセス」「オンラインで購入した商品の店舗受け取りプロセス」「顧客情報の一元管理プロセス」などを定義します。
最後に、情報システムモデルでは、これらの業務モデルを支援するシステム構成を設計します。「統合在庫管理システム」「統合顧客データベース」「クロスチャネル注文管理システム」などの要素と、それらの連携方法を定義します。
これら3つのモデルの整合性を確保することで、オムニチャネル戦略を効果的に支援する情報システムの構築が可能になります。モデル間の不整合があると、例えば顧客情報が分断されてパーソナライズされたサービスが提供できないなどの問題が生じます。
例題4
下図は、企業経営システムの3つのモデルとその主要構成要素を示したものです。図中の空欄A〜Dに入る適切な用語を答えなさい。
図5: モデル関係図(穴埋め問題用)
解答例:
A: 価値提案
B: 業務フロー
C: 収益モデル
D: データモデル
解説:
この図は、企業経営システムの3つの階層モデル(ビジネスモデル、業務モデル、情報システムモデル)とそれぞれの主要な構成要素を示しています。
ビジネスモデルの主要構成要素:
- 顧客価値:顧客に提供する価値
- 価値提案(A):どのような製品やサービスで顧客ニーズを満たすか
- 収益モデル(C):どのように収益を上げるか
業務モデルの主要構成要素:
- 業務プロセス:業務の流れと手順
- 業務フロー(B):具体的な作業の流れ
- 組織構造:部門構成と責任分担
情報システムモデルの主要構成要素:
- システム構成:ハードウェア、ソフトウェア、ネットワークの構成
- 機能モデル:システムが提供する機能
- データモデル(D):扱うデータの構造と関連性
これらの要素は階層的に関連しており、上位モデルが下位モデルを規定する関係にあります。例えば、ビジネスモデルの価値提案に基づいて業務フローが設計され、それを実現するためのデータモデルが構築されます。
5. まとめ
企業経営システムのモデルは、ビジネスモデル、業務モデル、情報システムモデルという3つの階層的なモデルで構成されています。これらのモデルは、「何をするか」「どのように実行するか」「どのようなシステムで支えるか」という視点から企業活動を体系的に表現しています。
ビジネスモデルは企業の価値創造・収益獲得の仕組みを示し、業務モデルはその実現のための具体的な業務プロセスを定義します。そして情報システムモデルは、これらの業務プロセスを支援するための情報システムの構造や機能を表現します。
これら3つのモデルの整合性を確保することが、企業の経営戦略と情報システムを適切に連携させるために不可欠です。情報システム戦略の立案・実行においては、これら3つのモデルの関係性を十分に理解し、全体最適の視点で設計・運用することが重要となります。
情報技術者は、これらのモデルの概念と関連性を理解し、具体的な事例に適用できる能力が問われます。特に情報システム戦略の観点から、これらのモデルがどのように企業経営に貢献するかを理解することが重要です。