1.3.2. 要員教育計画

1. 概要

 システム開発プロジェクトを成功させるためには、技術的な側面だけでなく、人的リソースの適切な育成が不可欠です。要員教育計画とは、新しいシステムを導入・運用するために必要な人材を育成するための計画であり、システム化計画の立案における重要な検討項目の一つとなっています。

 要員教育計画の目的は、システム導入後の円滑な運用と効果的な活用を実現するため、関係者が必要なスキルや知識を習得できるよう計画的に教育・訓練を実施することにあります。適切な教育計画がなければ、優れたシステムを導入しても十分に活用されず、投資効果を得ることができない恐れがあります。

 応用情報技術者試験では、要員教育計画の目的と考え方を理解し、適切な計画を立案できる知識が求められます。

flowchart TD
    A[システム戦略] --> B[システム企画]
    B --> C[システム化計画]
    C --> D1[要件定義]
    C --> D2[システム方式設計]
    C --> D3[費用対効果]
    C --> D4[要員教育計画]
    C --> D5[移行計画]
    
    style D4 fill:#ff9,stroke:#f66,stroke-width:2px,color:#000,font-weight:bold
    
    subgraph 要員教育計画の検討項目
    D4 --> E1[教育・訓練の基本要件]
    D4 --> E2[教育訓練体制]
    D4 --> E3[対象者]
    D4 --> E4[スケジュール]
    end
    
    style E1 fill:#eff,stroke:#099,stroke-width:1px
    style E2 fill:#eff,stroke:#099,stroke-width:1px
    style E3 fill:#eff,stroke:#099,stroke-width:1px
    style E4 fill:#eff,stroke:#099,stroke-width:1px

図1: 要員教育計画の位置づけ

2. 詳細説明

 要員教育計画は、主に「教育・訓練の基本要件」「教育訓練体制」「対象者」「スケジュール」という4つの要素で構成されています。これらを適切に検討・設計することで、効果的な要員教育が実現できます。

graph LR
    A[要員教育計画] --> B[教育・訓練の基本要件]
    A --> C[教育訓練体制]
    A --> D[対象者]
    A --> E[スケジュール]
    
    B --> B1[目標の明確化]
    B --> B2[段階的な教育]
    B --> B3[実践的な内容]
    B --> B4[フォローアップ]
    B --> B5[評価の仕組み]
    
    C --> C1[教育担当者]
    C --> C2[教材]
    C --> C3[学習環境]
    C --> C4[サポート体制]
    C --> C5[認定制度]
    
    D --> D1[エンドユーザー]
    D --> D2[パワーユーザー]
    D --> D3[システム管理者]
    D --> D4[ヘルプデスク]
    D --> D5[経営層・管理者]
    
    E --> E1[タイミング]
    E --> E2[期間配分]
    E --> E3[業務への影響]
    E --> E4[段階的実施]
    E --> E5[フォローアップ]
    
    style A fill:#f96,stroke:#333,stroke-width:2px
    style B fill:#bbf,stroke:#333,stroke-width:1px
    style C fill:#bbf,stroke:#333,stroke-width:1px
    style D fill:#bbf,stroke:#333,stroke-width:1px
    style E fill:#bbf,stroke:#333,stroke-width:1px

図2: 要員教育計画の基本構成要素

2.1. 教育・訓練の基本要件

 要員教育計画を立案する際には、以下の基本要件を考慮する必要があります。

  1. 目標の明確化: 教育・訓練によって達成すべき目標(習得すべき知識やスキルのレベル)を明確に定義すること
  2. 段階的な教育: 基礎から応用へと段階的に教育を進める構造を持たせること
  3. 実践的な内容: 実務に即した内容を含め、学習した内容を実践できるようにすること
  4. フォローアップ: 教育後のフォローアップ体制を確立し、継続的な学習をサポートすること
  5. 評価の仕組み: 教育効果を測定・評価する仕組みを組み込むこと

2.2. 教育訓練体制

 効果的な教育訓練を実施するためには、適切な体制を整えることが重要です。一般的な教育訓練体制には以下のような要素が含まれます。

  1. 教育担当者の選定: 教育を担当する人材(内部講師や外部講師)を選定
  2. 教材の準備: マニュアル、手順書、オンライン教材などの準備
  3. 学習環境の整備: 教育訓練に必要な設備や環境(教室、研修用システム環境など)の整備
  4. サポート体制: 質問対応や問題解決をサポートする体制の確立
  5. 認定制度: 必要に応じて、スキル習得を証明する認定制度の導入

2.3. 対象者の選定と分類

 教育計画の立案では、教育対象者を適切に選定し、役割や責任に応じて分類することが必要です。一般的な対象者分類としては以下のようなものがあります。

  1. エンドユーザー: システムを日常業務で利用する一般の従業員
  2. パワーユーザー: 部門内でのシステム活用を推進する中核的な利用者
  3. システム管理者: システムの運用管理を担当する技術者
  4. ヘルプデスク担当者: ユーザーからの問い合わせ対応を行うサポート担当者
  5. 経営層・管理者: システム活用による経営判断を行う立場の人材
対象者 教育内容 教育方法 期間 評価方法
エンドユーザー 基本操作、日常業務での利用方法 集合研修、eラーニング 0.5~1日 操作テスト、アンケート
パワーユーザー 応用操作、部門内サポート方法 集合研修、ワークショップ 2~3日 実技試験、ロールプレイング
システム管理者 管理機能、障害対応、セキュリティ管理 ハンズオントレーニング、技術研修 5~10日 実機による障害対応テスト
ヘルプデスク担当者 全機能概要、FAQ対応、エスカレーション手順 ロールプレイング、OJT 3~5日 模擬問い合わせ対応、理解度テスト
経営層・管理者 システム概要、経営指標の見方、セキュリティポリシー エグゼクティブブリーフィング 2~3時間 フィードバック

表1: 対象者別教育内容例

2.4. スケジュール計画

 教育訓練のスケジュールは、システム開発全体のスケジュールと整合性を持たせる必要があります。具体的には以下の点を考慮します。

  1. タイミング: システム稼働の前後で適切なタイミングを設定(稼働前の事前教育、稼働直後の集中教育など)
  2. 期間配分: 基礎教育から応用教育までの適切な期間配分
  3. 業務への影響: 通常業務への影響を最小限に抑えるスケジュール調整
  4. 段階的実施: 全員一斉ではなく、グループ分けして段階的に実施するなどの工夫
  5. 復習・フォローアップの時間確保: 初期教育後のフォローアップ期間の設定
gantt
    title 要員教育計画のスケジュール例
    dateFormat  YYYY-MM-DD
    axisFormat %m/%d
    
    section システム開発
    要件定義            :done, req, 2025-01-01, 2025-02-15
    設計                :done, design, 2025-02-16, 2025-04-15
    開発                :active, dev, 2025-04-16, 2025-07-15
    テスト              :test, 2025-07-16, 2025-08-31
    本番稼働            :milestone, deploy, 2025-09-01, 0d
    
    section 要員教育
    教育計画立案        :edu1, 2025-02-01, 2025-03-15
    教材作成            :edu2, after edu1, 2025-05-15
    システム管理者教育  :crit, edu3, 2025-06-01, 2025-06-15
    ヘルプデスク教育    :crit, edu4, 2025-06-16, 2025-06-30
    パワーユーザー教育  :crit, edu5, 2025-07-01, 2025-07-15
    一般ユーザー教育    :crit, edu6, 2025-08-01, 2025-08-31
    フォローアップ      :edu7, 2025-09-07, 2025-09-21
    応用機能教育        :edu8, 2025-10-01, 2025-10-15

図3: 要員教育計画のスケジュール例(ガントチャート)

3. 応用例

3.1. 基幹業務システム刷新プロジェクト

 ある製造業企業では、基幹業務システムの刷新に伴い、以下のような要員教育計画を立案しました。

  1. 対象者の階層化:
    • 一般ユーザー(全社員): 基本操作のみ
    • 部門キーマン(各部署2名): 応用操作と部門内サポート
    • システム管理者(IT部門5名): 管理機能と障害対応
    • ヘルプデスク(10名): 問い合わせ対応手順
  2. 教育訓練体制:
    • 部門キーマン向け先行教育(ベンダー講師): 3日間の集中トレーニング
    • 一般ユーザー向け教育(部門キーマンが講師): 半日×2回のハンズオン
    • システム管理者専門教育(ベンダー技術者による技術伝承): 5日間の技術研修
  3. スケジュール計画:
    • システム稼働3ヶ月前: システム管理者・ヘルプデスク教育
    • システム稼働2ヶ月前: 部門キーマン教育
    • システム稼働1ヶ月前: 一般ユーザー基礎教育
    • システム稼働後1週間: フォローアップ教育
    • システム稼働後1ヶ月: 応用機能教育

3.2. 業界別特性に応じた教育計画

 業界によって要員教育計画の特性も異なります。

  1. 金融機関の例:
    • コンプライアンス重視の教育内容(個人情報保護、セキュリティ対策)
    • 厳格な理解度テストの実施と合格基準の設定
    • 認定制度による操作権限の付与(試験合格者のみ操作可能)
  2. 医療機関の例:
    • 患者情報の取り扱いに関する特別教育(個人情報保護法対応)
    • 24時間体制に対応した交代制での教育実施(3交代制勤務に対応)
    • 緊急時対応訓練の重点実施(システム障害時の代替手段)
  3. 小売業の例:
    • 店舗スタッフ向けの短時間集中型教育(1回2時間×複数回)
    • 実際の業務を想定したロールプレイング形式(実店舗を模した環境)
    • 繁忙期を避けたスケジュール設定(セール期間前後に集中実施)
業界 教育内容の特徴 重視すべきポイント 教育期間の目安 評価方法の特徴
金融機関 コンプライアンス重視
セキュリティ対策
権限管理
法規制対応
個人情報保護
不正防止
一般ユーザー: 1~2日
管理者: 5~7日
理解度テストの合格が必須
定期的な再テスト
医療機関 患者情報の取り扱い
緊急時対応
24時間運用
緊急時対応
患者プライバシー
代替手段
一般ユーザー: 1日×複数回
管理者: 3~5日
実機を使った実技テスト
緊急時対応訓練
小売業 短時間集中型
ロールプレイング
繁忙期対応
迅速な操作
接客と並行
例外処理
一般ユーザー: 2~3時間×複数回
管理者: 2~3日
模擬接客環境でのテスト
タイムトライアル
製造業 工程管理連携
品質管理
トレーサビリティ
データ精度
工程間連携
効率化
一般ユーザー: 1日
管理者: 3~5日
実務を想定した実技テスト
業務フロー理解度
公共機関 法令遵守
情報公開
継続性確保
透明性
公平性
説明責任
一般ユーザー: 1~2日
管理者: 3~4日
法規制理解度テスト
ドキュメント作成スキル

表2: 業界別教育計画の特徴比較

4. 例題

例題1

 A社では新たな会計システムを導入することになりました。要員教育計画の立案において考慮すべき「教育・訓練の基本要件」として、最も適切なものを次の中から選びなさい。

  1. 一度に全社員を対象とした集中的な教育を実施する
  2. 部門ごとの業務特性は考慮せず、統一された内容で教育を行う
  3. 段階的な教育プログラムを設計し、基礎から応用へと進める
  4. 教育効果の測定は不要であり、システム稼働後の業務効率で判断する

【解答】3

【解説】要員教育計画における基本要件として、段階的な教育プログラムの設計は重要です。一度に全てを教えるのではなく、基礎から応用へと段階的に進めることで、効果的な学習が可能になります。選択肢1は集中的すぎて効果が低下する恐れがあり、選択肢2は業務特性を考慮しない点で不適切です。選択肢4は教育効果の測定を行わない点で不適切です。

例題2

 新しい生産管理システムの導入プロジェクトにおいて、「対象者」別の教育計画を立案する際の考え方として、最も適切なものはどれか。

  1. コスト削減のため、全ての対象者に同一内容の教育を一括して実施する
  2. 役割や責任に応じて対象者を分類し、それぞれに適した教育内容を設計する
  3. システム管理者のみに集中的な教育を行い、一般ユーザーへの教育は省略する
  4. 教育対象者は新入社員のみとし、既存社員は業務を通じて自然に学習させる

【解答】2

【解説】要員教育計画では、役割や責任に応じて対象者を適切に分類し、それぞれに適した教育内容を設計することが重要です。選択肢1は効率性を重視しすぎており教育効果が低下する恐れがあります。選択肢3はシステム管理者以外の教育を省略している点で不適切です。選択肢4は既存社員への教育を省略している点で不適切です。

例題3

 要員教育計画における「スケジュール」計画の立案に関する記述として、最も適切なものはどれか。

  1. 教育はシステム稼働日の当日に集中して実施し、業務への影響を最小化する
  2. システム開発スケジュールとは無関係に、会社の繁忙期を避けて計画する
  3. システム稼働の前後で適切なタイミングを設定し、段階的に実施する
  4. 教育期間は短期間で完結させ、復習やフォローアップは不要とする

【解答】3

【解説】要員教育計画のスケジュールは、システム稼働の前後で適切なタイミングを設定し、段階的に実施することが重要です。選択肢1はシステム稼働当日の教育では遅すぎます。選択肢2はシステム開発スケジュールとの整合性を考慮していない点で不適切です。選択肢4は復習やフォローアップが不要としている点で不適切です。

5. まとめ

 要員教育計画は、システム化計画の立案における重要な検討項目の一つです。その目的は、システム導入後の円滑な運用と効果的な活用を実現するため、関係者が必要なスキルや知識を習得できるよう計画的に教育・訓練を実施することにあります。

 要員教育計画を立案する際の重要ポイントは以下の通りです:

  • 教育・訓練の基本要件を理解し、目標を明確化すること
  • 適切な教育訓練体制を整備し、効果的な学習環境を提供すること
  • 対象者を役割や責任に応じて適切に分類し、それぞれに適した教育内容を設計すること
  • システム開発全体と整合性のあるスケジュール計画を立てること

 要員教育計画は単なる形式的な計画ではなく、システム投資の効果を最大化するための重要な要素であることを認識し、計画段階から十分な検討を行うことが求められます。適切な要員教育計画の立案と実施により、システムの活用度が高まり、投資対効果の向上につながります。

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