業務プロセスの可視化の手法
1. 概要
業務プロセスの可視化とは、組織内で行われる一連の活動や業務の流れを図や表などを用いて視覚的に表現する手法です。このプロセスを可視化することにより、業務の全体像を把握し、問題点や非効率な部分を特定しやすくなります。応用情報技術者として、業務プロセスの可視化手法を理解することは、システム設計やビジネス改善提案において非常に重要です。
WFA(Work Flow Architecture:業務流れ図)、BPD(Business Process Diagram:BP図)、E-R図などの手法を用いることで、業務プロセスを体系的に分析し、改善点を発見することができます。これらの手法は、複雑な業務の流れを視覚的に表現することで、関係者間での共通理解を促進し、効率的な問題解決につなげることを可能にします。
手法 | 特徴 | 主な用途 | 強み |
---|---|---|---|
WFA | 業務の流れを時系列で表現 | 業務の全体像把握 | シンプルで理解しやすい |
BPD/BPMN | 標準表記法による業務プロセス表現 | 複雑な業務フローの可視化 | 国際標準で共通理解が容易 |
E-Rモデル | エンティティと関連性の図式化 | データ構造の設計・分析 | データ間の関係性を明確化 |
IDEF | 階層的なプロセス表現 | 機能やプロセスの詳細記述 | 複雑なプロセスの構造化 |
フローチャート | 処理の流れを矢印で表現 | 単純な処理フローの表現 | 直感的でわかりやすい |
状態遷移図 | 状態の変化と遷移条件を表現 | 状態変化に着目した分析 | 状態の変化を明確に表現 |
UML | オブジェクト指向に基づく図式表現 | システム開発と業務分析 | 複数の図を使い多角的に表現 |
DFD | データの流れに着目した表現 | データフローの分析 | 処理とデータの関係を明確化 |
図1: 主要な業務プロセス可視化手法の比較表
2. 詳細説明
2.1. WFA(Work Flow Architecture:業務流れ図)
WFAは業務の流れを時系列で表現する図で、業務プロセスの可視化において基本的な手法です。作業や処理の順序、担当者、処理内容などを表現することができ、業務の全体像を俯瞰するのに適しています。
2.2. BPD(Business Process Diagram:BP図)
BPDはBPMN(Business Process Model and Notation)という標準表記法を用いて作成される業務プロセス図です。BPMNは業務プロセスを表現するための国際標準であり、以下の主要な要素で構成されています:
- アクティビティ:業務における作業や処理
- イベント:プロセスの開始、終了、または中間で発生する出来事
- ゲートウェイ:プロセスの分岐や結合を表現
- 接続オブジェクト:フロー(矢印)でプロセスの順序を示す
- スイムレーン:担当者や部門ごとに業務を区分
BPMNを用いることで、複雑な業務プロセスを標準化された形式で表現でき、関係者間での理解を促進することができます。
2.3. E-Rモデル(Entity-Relationship Model)
E-Rモデルはデータベース設計などで用いられるデータモデリング手法で、業務で扱われるエンティティ(実体)とその関連性を図式化します。E-R図を用いることで、業務で扱うデータの構造や関連性を視覚的に表現でき、データフローの観点から業務プロセスを分析することができます。
図3: E-R図の例
2.4. IDEF(Integrated DEFinition methods:統合化定義方法論)
IDEFは米国国防総省で開発された一連のモデリング手法で、特にIDEF0(機能モデリング)とIDEF3(プロセス記述キャプチャ)は業務プロセスの可視化に活用されます。IDEF0は業務機能とその入出力、制約、資源の関係を階層的に表現し、IDEF3はプロセスの時系列的な流れを詳細に記述します。
2.5. フローチャート
フローチャートは最も基本的なプロセス表現手法で、処理の流れを矢印で結んだ図で表します。シンプルでわかりやすいため、比較的単純な業務プロセスの可視化に適しています。
2.6. 状態遷移図
状態遷移図はシステムや業務の状態とその変化(遷移)を表現する図です。各状態と、ある状態から別の状態への遷移条件を明示することで、業務プロセスにおける状態の変化を視覚的に把握することができます。
2.7. UML(Unified Modeling Language)
UMLはオブジェクト指向システム開発で用いられる標準的なモデリング言語ですが、業務プロセスの可視化にも活用できます。特に以下の図が業務プロセスの可視化に有効です:
- アクティビティ図:業務プロセスの流れを表現
- ユースケース図:業務の目的とアクターの関係を表現
- シーケンス図:オブジェクト間のメッセージのやり取りを時系列で表現
図4-1: UMLの業務プロセス表現例
図4−2:シーケンス図の例
2.8. DFD(Data Flow Diagram)
DFDはデータの流れに着目したプロセス表現手法で、データの発生源、処理、保存、出力先などを図式化します。DFDを用いることで、業務プロセスにおけるデータの流れを視覚的に把握でき、データ処理の観点から業務プロセスを分析することができます。
3. 応用例
3.1. 製造業での応用例
製造業では、生産ラインの効率化のためにBPMNを用いて製造プロセスを可視化し、ボトルネックとなっている工程を特定することがあります。例えば、自動車部品メーカーが製造工程をBPMNで表現し分析した結果、特定の検査工程に時間がかかっていることが判明し、その工程を改善することで全体の生産効率が向上した事例があります。
3.2. 金融業での応用例
銀行などの金融機関では、融資審査プロセスをE-R図とDFDを組み合わせて可視化し、データの流れと処理の関係を明確にすることで、審査プロセスの効率化を図っています。これにより、重複するデータ入力や不必要な承認プロセスを削減し、審査時間の短縮を実現しています。
3.3. 医療機関での応用例
病院では患者の受付から診察、会計までの一連の流れをUMLのアクティビティ図で表現し、患者の待ち時間が長くなる原因を分析。状態遷移図も併用して患者の状態変化を追跡することで、予約システムの改善や診察室の効率的な割り当てを実現した例があります。
3.4. ITサービス企業での応用例
SIer(システムインテグレーター)がクライアント企業の業務プロセスをIDEFやWFAを用いて可視化し、新システム導入前後での業務フローの変化を明確にすることで、システム導入の効果を定量的に評価しています。これにより、クライアントへの提案力が向上し、システム導入の成功率が高まっています。
4. 例題
例題1
あるオンラインショップの注文処理プロセスについて、現状の業務フローをBPMNを用いて可視化し、問題点を特定せよ。また、E-R図を用いてデータの関連性を表現し、改善案を提案せよ。
【現状の業務概要】
- 顧客がウェブサイトで商品を選択し注文
- システムが注文内容を受け付け、在庫確認
- 在庫があれば注文確定メールを送信、なければ欠品通知
- 経理部門が入金確認
- 入金確認後、倉庫部門が商品を梱包・発送
- 発送完了後、顧客に発送通知メールを送信
BPMNによる現状の業務フロー図を作成すると、経理部門による入金確認と倉庫部門の発送準備が直列に処理されており、リードタイムが長くなっていることが問題点として特定できます。
図5: オンラインショップの業務フロー(BPMN)
E-R図を作成すると、注文データと在庫データの関連性が適切に管理されておらず、在庫確認のタイミングで不整合が生じる可能性があることがわかります。
図6: オンラインショップのE-R図
改善案として、入金確認と並行して発送準備を開始するプロセスに変更し、注文確定時点で在庫を仮確保する仕組みを導入することで、リードタイムの短縮と在庫管理の正確性向上が期待できます。
例題2
ある病院の外来診療プロセスについて、UMLのアクティビティ図と状態遷移図を用いて可視化し、待ち時間が発生する要因を分析せよ。
【現状の業務概要】
- 患者が受付で診察申込み
- 看護師が患者の問診・検温等を実施
- 医師の診察順を待機
- 医師による診察
- 必要に応じて検査を実施
- 医師が診察結果に基づき処方箋を発行
- 会計窓口で精算
- 院内または院外の薬局で薬を受け取り
UMLのアクティビティ図により業務の流れを可視化すると、医師の診察待ちと検査後の診察結果待ちに大きな待ち時間が発生していることがわかります。
図7: 病院の外来診療プロセス(UMLアクティビティ図)
状態遷移図で患者の状態変化を追跡すると、「診察待ち」状態と「検査結果待ち」状態で長時間滞留していることが明確になります。
図8: 患者状態の状態遷移図
改善案として、予約制の徹底と時間枠の最適化、検査結果の電子的な通知システムの導入、軽症患者向けの簡易診察レーンの設置などが考えられます。これにより、患者の待ち時間を削減し、医師のリソースを効率的に活用することが可能になります。
例題3
製造業の部品調達から製品出荷までのプロセスについて、DFDとIDEFを用いて可視化し、データと業務の流れを分析せよ。
【現状の業務概要】
- 営業部門が受注情報を基幹システムに登録
- 生産管理部門が生産計画を立案
- 調達部門が必要部品を発注
- 倉庫が部品を受け入れ、在庫管理
- 製造部門が部品を使用して製品を製造
- 品質管理部門が製品を検査
- 物流部門が製品を出荷
DFDを作成することで、受注情報から生産計画、部品発注、製造指示、出荷指示までのデータの流れが可視化され、特に生産管理部門と調達部門の間でのデータ連携に遅延が生じていることがわかります。
図9: 製造業のDFD
IDEFを用いて業務機能を階層的に分析すると、部品調達プロセスが細分化されておらず、調達リードタイムの予測精度が低いことが問題として特定できます。
改善案として、生産計画と調達計画を統合管理するシステムの導入、部品調達プロセスの細分化と各段階での進捗管理の強化、サプライヤーとのデータ連携の自動化などが考えられます。これにより、部品の欠品リスクを低減し、生産効率の向上が期待できます。
5. まとめ
業務プロセスの可視化は、現状の業務を正確に把握し、問題点を特定するための重要な手法です。本記事では、以下の主要な可視化手法について解説しました:
- WFA(Work Flow Architecture):業務の流れを時系列で表現
- BPD(Business Process Diagram):BPMNを用いた標準的な業務プロセス図
- E-Rモデル:データの構造と関連性を表現
- IDEF:統合化定義方法論による階層的なプロセス表現
- フローチャート:基本的なプロセス表現
- 状態遷移図:状態の変化と遷移条件を表現
- UML:オブジェクト指向に基づく様々な図式表現
- DFD:データの流れに着目したプロセス表現
これらの手法を適切に組み合わせることで、業務プロセスを多角的に分析し、効果的な改善提案を行うことができます。応用情報技術者として、これらの手法を理解し活用することは、システム設計やビジネス改善において大きな強みとなります。
業務プロセスの可視化は単なる図の作成ではなく、業務改善のための重要なステップです。可視化によって得られた洞察を基に、実践的な改善策を提案・実施することで、組織の業務効率向上とコスト削減に貢献することができます。
図10: 業務プロセス可視化手法の選定フローチャート