1.5. 不正のメカニズム

1. 概要

 情報セキュリティにおいて、内部不正は非常に深刻な脅威の一つです。内部不正とは、組織内部の人間が引き起こす不正行為のことを指し、外部からの攻撃と比べて検知が困難であり、被害も甚大になりやすいという特徴があります。本記事では、不正行為が発生する要因と、内部不正による情報セキュリティ事故・事件の発生を防止するための具体的な環境整備の方法について解説します。

2. 不正行為の要因とメカニズムの詳細説明

2.1. 不正のトライアングル

 不正のメカニズムを理解する上で重要な概念が「不正のトライアングル」です。これは、不正行為が発生する3つの要因を示したもので、以下のように定義されます。

  1. 機会: 不正を行う機会や環境が存在すること(例:セキュリティが不十分なシステムや過度な権限が付与されている状況)
  2. 動機: 金銭的困窮や不満など、不正を行う動機があること(例:給与や評価に対する不満、個人的な財政問題)
  3. 正当化: 自分の行為を正当化できること(例:「他の人もやっているから」や「自分の努力が報われていないから」などの心理的な理由)  これら3つの要素が揃った時、不正行為が発生するリスクが高まります。例えば、企業内での不満や業務環境の不備が動機を強め、セキュリティ管理が甘い場合、機会が提供されることになります。その結果、従業員が行為を正当化することで不正が実行される可能性が高まります。

2.2. 状況的犯罪予防の考え方

 状況的犯罪予防とは、犯罪が起こりやすい状況や環境を改善することで、犯罪の機会を減少させる予防策です。内部不正の防止にも応用できる考え方であり、以下の5つの戦略があります。

  1. 努力の増大: 不正行為を行うのに必要な労力を増やす(例:システムへのアクセス制限を強化する)
  2. リスクの増大: 不正行為が発覚するリスクを高める(例:操作ログの監視を強化し、異常検知システムを導入する)
  3. 報酬の減少: 不正行為による利益を減らす(例:重要情報の暗号化を徹底し、不正アクセスの影響を最小限に抑える)
  4. 言い訳の排除: 不正行為を正当化する理由を取り除く(例:倫理教育や社内規範の強化)
  5. 挑発の排除: 不正行為を誘発する要因を取り除く(例:過度な業務負担やストレスの軽減)

3. 内部不正防止の具体的な応用例

3.1. 多層防御によるセキュリティ強化

 多層防御の考え方を採用し、以下のような対策を組み合わせることで、内部不正のリスクを低減できます。これらの対策を組み合わせることで、不正のトライアングルにおける「機会」を減少させることができます。

  1. アクセス制御: 必要最小限の権限付与と、役職や業務内容に応じた権限の定期的な見直しを行う。
  2. ログ管理: SIEM(セキュリティ情報およびイベント管理)ツールを使用して、不正な操作のリアルタイム検知と追跡を行う。
  3. 暗号化: 重要情報の保護を強化するため、データベースやファイルシステムに対して厳格な暗号化ポリシーを適用する。
  4. 定期的な監査: 内部監査チームを設置し、システムや業務プロセスの定期的な監査を実施する。
  5. セキュリティ教育: 全従業員に対して、情報セキュリティに関する定期的な研修を行い、意識を向上させる。

3.2. 職務分掌と相互牽制の導入

 特定の個人に権限が集中しないよう、職務を適切に分掌し、相互牽制の仕組みを導入することで、不正の機会を減らすことができます。例えば、以下のような方法が考えられます。

  • システム開発と運用の分離: 開発者が運用環境に直接アクセスできないようにすることで、不正行為のリスクを減らす。
  • 複数人の承認を必要とするプロセス: 重要な操作(例:資金移動、システム設定変更)には複数人の承認を必要とするワークフローを導入する。

4. 例題

例題1

不正のトライアングルに関する次の記述のうち、最も適切なものはどれか。

a) 機会、動機、正当化の3要素のうち、1つでも欠ければ不正は発生しない
b) 機会は組織の制度的な問題、動機は個人の問題、正当化は社会的な問題である
c) 3要素のうち、最も重要なのは動機である
d) 正当化は、不正行為者が自身の行為を合理化するプロセスである

回答例:
正解は d) です。
解説:
不正のトライアングルの3要素(機会、動機、正当化)は、それぞれ不正行為の発生に寄与します。このうち、正当化は不正行為者が自身の行為を心理的に正当化するプロセスを指します。a)は部分的に正しいですが、1つの要素だけで不正を完全に防げるわけではありません。b)は各要素の性質を過度に単純化しています。c)は3要素の重要性に優劣をつけることは適切ではありません。

例題2

状況的犯罪予防の観点から、内部不正を防止するための対策として最も適切でないものはどれか。

a) 従業員の勤務態度を細かくチェックし、些細な違反も厳しく罰する
b) 重要なシステム操作には、複数人の承認を必要とする
c) 定期的に従業員のセキュリティ意識向上のための研修を実施する
d) 業務上必要最小限のアクセス権限のみを付与する

回答例:
正解は a) です。
解説:
状況的犯罪予防の観点からは、犯罪機会を減少させることが重要です。b)はリスクの増大、c)は言い訳の排除、d)は努力の増大に該当し、適切な対策といえます。一方、a)は従業員の不満を高め、かえって不正の動機を強める可能性があるため、適切とはいえません。過度に厳しい管理は、職場環境の悪化や従業員のモチベーション低下を招く恐れがあります。

5. まとめ

 内部不正による情報セキュリティ事故・事件を防止するためには、不正のメカニズムを理解し、適切な対策を講じることが重要です。不正のトライアングル(機会、動機、正当化)の概念を踏まえ、状況的犯罪予防の考え方を活用することで、効果的な防止策を設計・実施することができます。

 具体的には、多層防御によるセキュリティ強化、職務分掌と相互牽制の導入、アクセス制御の厳格化、ログ管理の徹底、定期的な監査の実施、そして従業員へのセキュリティ教育など、総合的なアプローチが求められます。

 これらの対策を適切に組み合わせ、継続的に改善していくことで、組織の情報セキュリティレベルを高め、内部不正のリスクを最小限に抑えることができるでしょう。