1. 概要
プログラミング言語の文法表記法は、プログラミング言語の構文を正確に定義するための重要な手段です。特に、BNF(Backus-Naur Form)やその拡張版であるEBNF(Extended Backus-Naur Form:拡張バッカス記法)などのメタ言語が広く使用されています。これらの表記法を理解することは、プログラミング言語の設計や解析、コンパイラの開発など、情報処理技術者にとって重要なスキルとなります。
2. 詳細説明
2.1. BNFとは
BNFは、プログラミング言語の文法を定義するための記法です。以下の要素で構成されています:
- 非終端記号:山括弧
<>
で囲まれた記号(例:<文>
,<式>
) - 終端記号:そのまま表記される文字列(例:
if
,=
) - 生成規則:
:=
または::=
を使用して、左辺の非終端記号を右辺の記号列に置き換える規則
2.2. EBNFとは
EBNFは、BNFを拡張したもので、より簡潔で表現力の高い記法です。EBNFでは以下の追加記法が使用できます:
- 繰り返し:
{ }
で囲む(0回以上の繰り返し) - オプション:
[ ]
で囲む(省略可能) - グループ化:
( )
で囲む - 選択:
|
で区切る
2.3. 例:簡単な算術式の文法
EBNFを使用して、簡単な算術式の文法を定義してみましょう:
<式> ::= <項> {("+" | "-") <項>}
<項> ::= <因子> {("*" | "/") <因子>}
<因子> ::= <数> | "(" <式> ")"
<数> ::= <桁> {<桁>}
<桁> ::= "0" | "1" | "2" | "3" | "4" | "5" | "6" | "7" | "8" | "9"
この文法は、四則演算と括弧を含む算術式を定義しています。
解説
このEBNFは数学的な式の構造を定義しています。四則演算と括弧を含む算術式を表現できる文法です。各行について詳しく解説します:
全体の構造
この文法は算術式を階層的に定義し、演算子の優先順位を自然に表現しています。
各行の解説
<式> ::= <項> {("+" | "-") <項>}
- 式は1つ以上の項で構成され、項と項の間には加算(+)または減算(-)の演算子が入ります。
- “{}” は中の要素が0回以上繰り返されることを示します。
- これにより、1つの項、または複数の項を加減算で結合した式を表現できます。
<項> ::= <因子> {("*" | "/") <因子>}
- 項は1つ以上の因子で構成され、因子と因子の間には乗算(*)または除算(/)の演算子が入ります。
- これにより、1つの因子、または複数の因子を乗除算で結合した項を表現できます。
<因子> ::= <数> | "(" <式> ")"
- 因子は数値、または括弧で囲まれた式のいずれかです。
- 括弧内に式を含めることで、複雑な入れ子構造の式を表現できます。
<数> ::= <桁> {<桁>}
- 数は1つ以上の桁で構成されます。
- これにより、1桁の数から複数桁の数まで表現できます。
<桁> ::= "0" | "1" | "2" | "3" | "4" | "5" | "6" | "7" | "8" | "9"
- 桁は0から9までの数字のいずれかです。
特徴と解釈
- 演算子の優先順位:
- 乗算と除算は加算と減算よりも優先されます。これは<項>が<式>の中に含まれる構造から自然に導かれます。
- 括弧を使用することで、演算の優先順位を変更できます。
- 再帰的構造:
- <因子>の定義に<式>が含まれているため、この文法は再帰的です。
- これにより、任意の深さの入れ子になった式を表現できます。
- 数値の表現:
- この文法では正の整数のみを直接表現できます。
- 負の数は、減算演算子を使用して間接的に表現されます(例: 0 – 5)。
- 小数点や指数表記は含まれていません。
有効な式の例
この文法で表現できる式の例:
- 123 + 456
- 7 * 8 – 9
- (1 + 2) * 3
- 10 / (2 + 3)
- ((1 + 2) * 3 – 4) / 5
制限事項
- 負の数を直接表現できません(ただし、0 – 5のように表現可能)。
- 小数点を含む数値を表現できません。
- 単項演算子(例: +5や-3)を直接サポートしていません。
この文法は、基本的な算術式を明確に定義し、演算子の優先順位と括弧の使用を自然に表現しています。しかし、より複雑な数学表現(例:指数、ルート、三角関数など)を含めるには、さらなる拡張が必要です。
3. 応用例
- コンパイラ開発:プログラミング言語のパーサーを実装する際、BNFやEBNFで定義された文法を元にコードを生成します。
- IDEの構文ハイライト:統合開発環境(IDE)で、プログラミング言語の構文に基づいてコードを色分けする機能の実装に利用されます。
- 言語仕様書の作成:新しいプログラミング言語やドメイン特化言語(DSL)の仕様を明確に定義するために使用されます。
- 形式言語理論の研究:計算機科学の理論研究において、言語の構造を厳密に定義し分析するために用いられます。
4. 例題
例題1
以下のEBNF記法で定義された文法について、適切な文字列の例を3つ挙げてください。
<S> ::= "a" <A> | "b" <B>
<A> ::= "c" ["d"] <A> | ε
<B> ::= "e" {"f"} "g"
回答例1:
- accd
- beg
- beffg
解説
このEBNFは、より複雑な文字列パターンを定義しています。各行について詳しく解説します:
全体の構造
このEBNFは3つの非終端記号(S, A, B)を定義し、それぞれが異なるパターンを表現しています。
各行の解説
<S> ::= "a" <A> | "b" <B>
- Sは文字列の開始を表し、”a”で始まってAに続くか、”b”で始まってBに続く2つの可能性があります。
- “|” は “または” を意味します。
<A> ::= "c" ["d"] <A> | ε
- Aは再帰的に定義されています。
- “c”の後に任意の”d”が続き、さらにAが続くパターンか、空文字列(ε)のいずれかです。
- “[]” は中の要素がオプション(0回または1回出現)であることを示します。
- εは空文字列を表し、Aが終了する条件を提供します。
<B> ::= "e" {"f"} "g"
- Bは”e”で始まり、”g”で終わる文字列を表します。
- “{}” は中の要素が0回以上繰り返されることを示します。ここでは”f”が0回以上繰り返されます。
生成される文字列の例
- Sから始まる文字列の例:
- “acg” (S → “a” A, A → “c” ε)
- “acdcg” (S → “a” A, A → “c” “d” A, A → “c” ε)
- “beg” (S → “b” B, B → “e” “g”)
- “beffg” (S → “b” B, B → “e” “f” “f” “g”)
- Aから生成される文字列の例:
- “c” (A → “c” ε)
- “cd” (A → “c” “d” ε)
- “cdc” (A → “c” “d” A, A → “c” ε)
- “cdcdc” (A → “c” “d” A, A → “c” “d” A, A → “c” ε)
- Bから生成される文字列の例:
- “eg”
- “efg”
- “effg”
- “efffg” (任意の数の”f”を含む)
特徴と解釈
- この文法は、2つの異なるパターン(AとB)を持つ文字列を生成します。
- Aは再帰的な構造を持ち、”c”と任意の”d”の繰り返しを表現できます。
- Bは”e”で始まり”g”で終わる固定構造を持ち、中間に任意の数の”f”を含むことができます。
- この文法は、特定のパターンを持つ文字列を生成または認識するのに使用できます。例えば、プログラミング言語の特定の構文要素や、特定のデータ形式を表現するのに役立ちます。
このEBNFは、比較的単純でありながら、再帰、オプション、繰り返しなどのEBNFの重要な概念を示しています。
例題2
電子メールアドレスの簡略版をEBNF記法で定義してください。ユーザー名、@記号、ドメイン名の3つの部分で構成されるものとします。
回答例2:
<email> ::= <username> "@" <domain>
<username> ::= <letter> {<letter> | <digit> | "." | "_" | "-"}
<domain> ::= <subdomain> {"." <subdomain>}
<subdomain> ::= <letter> {<letter> | <digit> | "-"}
<letter> ::= "A" | "B" | ... | "Z" | "a" | "b" | ... | "z"
<digit> ::= "0" | "1" | ... | "9"
解説
このEBNFはメールアドレスの基本的な構造を定義しています。各行について詳しく解説します:
全体の構造
このEBNFはメールアドレスを username@domain の形式で表現し、それぞれの構成要素を細かく定義しています。
各行の解説
<email> ::= <username> "@" <domain>
- メールアドレスは、ユーザー名、@記号、ドメインの3つの部分で構成されることを示しています。
<username> ::= <letter> {<letter> | <digit> | "." | "_" | "-"}
- ユーザー名は文字で始まり、その後に文字、数字、ピリオド、アンダースコア、ハイフンのいずれかが0回以上続きます。
- “{}” は中の要素が0回以上繰り返されることを示します。
<domain> ::= <subdomain> {"." <subdomain>}
- ドメインは1つ以上のサブドメインで構成され、各サブドメインはピリオドで区切られます。
<subdomain> ::= <letter> {<letter> | <digit> | "-"}
- サブドメインは文字で始まり、その後に文字、数字、ハイフンのいずれかが0回以上続きます。
<letter> ::= "A" | "B" | ... | "Z" | "a" | "b" | ... | "z"
- 文字は大文字または小文字のアルファベットのいずれかです。
<digit> ::= "0" | "1" | ... | "9"
- 数字は0から9までのいずれかです。
特徴と制限
ユーザー名の規則:
- 文字で始まる必要があります。
- 文字、数字、ピリオド、アンダースコア、ハイフンを含むことができます。
- 長さの制限は明示されていません。
ドメインの規則:
- 少なくとも1つのサブドメインが必要です。
- 複数のサブドメインを持つことができます(例: example.com, mail.example.co.jp)。
- 各サブドメインは文字で始まる必要があります。
- サブドメイン内ではハイフンが使用可能ですが、ピリオドとアンダースコアは使用できません。
全体的な制限:
- この文法は基本的なメールアドレスの構造を定義していますが、実際のメールアドレスの全ての可能性を網羅しているわけではありません。
- 例えば、IPアドレスを直接使用するメールアドレスや、特殊な文字を使用する国際化ドメイン名(IDN)は、この文法では表現できません。
有効なメールアドレスの例
このEBNFに基づく有効なメールアドレスの例:
この文法は、多くの一般的なメールアドレスの形式を正確に表現していますが、実際のメールシステムではさらに複雑な規則が適用される場合があります。メールアドレスの完全な検証には、より詳細な規則と追加のチェックが必要になることがあります。
5. まとめ
プログラミング言語の文法表記法、特にBNFとEBNFは、プログラミング言語の構文を明確かつ正確に定義するための重要なツールです。これらの表記法を理解し活用することで、言語設計、コンパイラ開発、構文解析など、様々な場面で効果的に作業を進めることができます。応用情報技術者として、これらの概念を身につけることは、より高度なソフトウェア開発や言語処理系の理解に大いに役立ちます。